2014

「三成さまが堺から帰ってくるって本当っすか?!」

「本当だよ。今日の夕刻には着くって」

目をキラキラさせながらnameに近づいてきた左近はそう告げられると、ひゃぁーと奇声を発しながら宙を跳んだ。三成、愛されてるなぁとnameは思い、でも私の方が絶対に左近より三成のこと好きだし、などと心の中で付け加えながらも左近にのせられるがままぴょんぴょんと跳び回るのだった。
三成は秀吉から佐和山城を賜ったものの、なにかと伏見や堺など秀吉の側で政務を執り行うことが多かったため、此処、佐和山城を空けることもしばしばだった。刑部はまだしも、三成を敬愛する左近と三成に無償の愛を注ぐことを生き甲斐としているnameの二人は三成の不在をいつも寂しがった。一言、私の留守の間は重々注意して城を守るようにと三成に言われてしまえば両人嬉々として手を挙げ返事をするものの、一度三成が発ってしまえば腐った臓腑のように二人折り重なって城の縁側で潰れているのだった。

「左近、どうやって三成のこと出迎えよっか」

「俺らでご馳走作るってのはどうっすか」

「料理できるの?」

「握り飯なら任せてください」

「私もおにぎりぐらいしか作れないよ…。こんなことなら伊達氏に料理教えてもらうべきだった」

二人は頭を抱え、うんうん唸りながら陽だまりの縁側をごろごろと転がっていると、輿に乗った刑部が音もなく近づいてきてその異様な光景に溜息をつく。

「主ら、何をしておる気味の悪い」

「刑部!あ、これはもしや三人寄れば文殊の知恵?!」

「おぉ刑部さん!いいところに!」

がばりと起き上がった二人は匍匐前進で刑部の元へにじり寄る。この二人と自分を足して三人になったところで自分一人分の知恵しか出ないような気がするが、と密かに思う刑部であったが、彼も二人同様三成の帰城を喜んでいることには変わりない。

「いやなに、特別何せずともよかろ。主らの顔を見ればそれだけで三成も喜ぶはずよ」

他の城とは違い、質素倹約を掲げているこの佐和山城は至って簡素な作りであり、従って三成自身も金をかけた持て成しなど好まぬであろうと刑部は考える。しかし二人はどうにも不服なようで、いかにして三成を喜ばせようかと刑部の諫言そっちのけで神と硯を前に騒がしく無い知恵を出し合うのであった。

「それでは発表します!」

「じゃかじゃかじゃかじゃか」

「……」

段々と頭痛がしてきた気もする刑部であるが、ああでもないこうでもないと手を墨まみれにしながら考え抜いた果てに満面の笑みで目の前に立たれては、さすがの彼も二人の案を聞いてやるしかないだろう。

「拍手でお迎え、その後おにぎりぱありい!です!」

「ひゅーひゅー!」

「待ちやれ、ぱありいとは何ぞ」

「伊達氏がよく言ってるやつ」

「………あまり米を炊きすぎるでないぞ。三成は食が細い故」

「はーい」

「っしゃあ。nameさん、そうと決まれば米を炊きにいきましょうよ!」

「うん、行こ」

刑部はお部屋でのんびりしててね、と言って駆け足で台所に向かうnameと左近の後ろ姿を見送りながら、いやな胸騒ぎを覚える刑部なのであった。

「左近!もうちょっと小さくにぎらないと」

「そんなに小さくしちゃあ食べ応えないじゃないっすか」

「三成のお口はそんなに大っきく開きません!」

「へーいへい」

左近の作った片手に有り余るほどの握り飯をnameは指差すと、それをもっと小さく作るように指示をした。そうこうしている内にどんどんと握り飯の量は増えてゆき、最終的にはいったい何人が揃えばこれを食べきれるのであろうというほどの数の握り飯が笹の葉にくるまれ、うず高く皿に積まれているのであった。

「そろそろ三成さま、帰ってくんじゃね?」

「そうだね。だいぶ日も傾いてきたし。よし、じゃあ左近はこれを三成のお部屋に持ってって」

「部屋、勝手に入って怒られません?」

「いいよ、どうせ秀吉さまと半兵衛様からのお手紙しか置いてないような殺風景な部屋だから。入られたって困らないよ」

「へーい、そんじゃあちょっと失礼して置いてきまーす」

早足で台所を去っていった左近を見送るとnameは袖を縛っていた襷をほどき、同じように台所を後にした。屋敷を出て高台に建つ櫓へと向かう。肩を上下させながら息つき梯子を上って城下を見下ろすも、夕暮れに染まった街並みの中に三成達の一団の姿はなかった。じりじりと輪郭を滲ませた夕日が琵琶湖に消えてゆくのをもどかしく思いながら、nameは今にも櫓から飛び降りて城下まで走り出してしまいそうなほどに身を乗り出し三成の姿を探すのだった。結局太陽が沈み、濃紺の端に夕焼けの名残を残す刻限になっても三成は帰らなかった。nameは櫓から降り、時折冷たく吹く夜風に身を丸めながら屋敷に戻った。がっかりと肩を落とす左近とnameを刑部は心底可哀想に思い、直々に熱い茶を煎れてやる。

「まぁ三成も忙しいのであろ。主らと違ってな。さぁ飲みやれ」

「ありがと…」

「いただくっす…」

湯呑茶碗を両手で持つ二人の指先は冷え切っていた。長らく外の風にさらされていたnameと同じように、左近もまた町の外れまで三成の一行が来ていないか走って見に行っていたのだった。ふわりと香る緑茶に、二人は体の隅々まで温まるような気がした。

「おにぎり、冷えて堅くなっちゃったかな」

「しょうがないっすよ…」

「案ずるな、後で粥にでもすれば我も食べられよ」

「そうだね」

「刑部さん、あったまいい」

本日の帰城とあらば恐らくは日が出ているうちに帰るものとばかり思っていた二人の落胆ぶりに、刑部の気持ちまで滅入ってしまいそうだった。しかしここで自分まで湿っぽい気持ちになってしまってはと二人の肩をたたきながら言う。二人は笑顔を浮かべたものの、やはりどこか寂しそうであった。三成に限って間者にやられるなどという失態はないであろうと思うものの、これほどまでに遅くなるのは職務が急に増えてしまったのか、はたまた何か別に理由があるのか。

「さあさ、夜も更けてくる。部屋に戻って休むがよし」

「えー…」

「……」

「ほれ、朝になれば三成めも戻ってくるに違いない。ならばさっさと寝てしまうが得策よ」

「うん…」

「そうっす、ね…」

無理矢理二人を立たせて部屋に戻るように促す刑部。各々一人で部屋に戻るのが寂しいのか、nameと左近の足取りはひどく重たいものだった。二人の背中が廊下の曲がり角に消えるまで見送り部屋に戻った刑部は、二人の飲んだ湯呑の底に沈む茶の澱を暫く眺めてから、わざと隙間を残した障子から夜空を見上げた。「三成よ、我と主とがこれ程までに慕われるとは。いやはや…」誰に言うでもないその言葉は、静かな宵闇へと紛れていった。

ぺたぺたと足音を長い廊下に響かせながら二人は歩く。

「三成もあのお月様、見てるかな」

「そうだといいっすね」

秋の夜は釣瓶落とし。つい先ほどまでは夕焼け空が広がっていたというのに今ではもうその名残すらどこにも見当たらず、濃紺の夜の空に淡く白い月が浮かんでいるのだった。たとえ三成がここにいなくとも同じ月を見ているのだと思えばそれとなく寂しさを紛らわせてこれた二人であったが、今日という日にてっきり三成が帰城し再会できると思っていたばかりに流石の月もその効力を大分失っているようである。

「んじゃあ俺、こっちなんで」

そういって右に折れていこうとする左近の袖をnameが引き止める。不思議そうな表情を浮かべた左近にnameは問うた。

「三成、ちゃんと帰ってくるよね…」

まだあどけなさの残るnameの瞳が揺れていた。白い月光に浮かぶnameの姿のあまりの儚さに、男女の情愛とは無関係に左近は彼女を抱きしめたくなった。そうでもしなければ昔語りに出てきた天女のように、たちまち夜の闇に溶けていってしまいそうだった。けれど左近は彼女を抱きしめる代わりにその小さな手を取ると、「大丈夫っすよ、三成さまはちゃーんと帰ってきますって」と、笑顔を添えてそう言った。心配なのは自分も同じだったが、刑部が隣にいない以上自分が彼女を励ますしかないではないか。そうでもしなけりゃ男がすたるってもんっすよね、慶次さん。そう心の中で鉄火仲間に呼びかけながら。

「そうだよね。うん、そうに決まってる」

何度も何度も首を縦に振りながら言うnameは「おやすみなさい」と左近に手を振り再び自室へと向かっていった。角を折れてnameの姿が見えなくなるまで左近は彼女の背中に手を振り続けた。「なーんか、…ちょっと三成さまが羨ましいや」と、動きを止めた手をゆっくりと下ろしながら左近は、変わらずに穏やかな光を放っている月に向かって独り言ちた。


自室へと戻り夜着に着替えたものの、中々寝付けないnameは打掛を羽織り縁側に出る。柱にもたれて膝を抱えたnameは何をするでもなくぼんやりと空に浮かぶ月を眺めていた。今頃三成はどこで何をしているのだろう。まだ堺を発てずにいるのか、それとももう近江に入り城の近くまで来ているのか。お腹を減らしていないだろうか、何者かに襲われてなどいないだろうか。虫の音が響く庭で一人静にしていると余計なことばかりが頭に浮かび、nameはもう少しだけ左近と一緒にいればよかったなと後悔をした。
夜の冷気はnameが気がつかぬうちに忍び寄り、彼女の手足を冷たく白くした。両手を合わせ口元に持っていったnameは、はあはあと温かな息を悴んだ指先に吹き当てる。野良犬が二度鳴き、時折山の奥から梟の声が響いた。普段であれば物の怪の気配に怯えるであろうnameも、今日ばかりは物の怪ですら彼女の意識の片隅にすら入り込む余地はないらしい。「三成、」と小さく呟いたname。ゆっくりと閉じた瞼の端からは、ぽろりと涙が一粒頬を伝った。
どれほどの時間が経っただろうか。あれ程騒がしかった虫たちも大方静かになり、季節に取り残された蛙が一匹場違いに鳴いているだけだった。いつの間にか眠りに落ちてしまったnameは抱えていた足を投げ出し、握りしめていた両手も解かれていた。
ぎ、と床板が鳴ったが深い眠りの底に身を横たえているnameはそれにすら気がつかない。長く細い影が彼女に音もなく近づいてゆく。やがてその影は眠りの中にいるnameに重なった。

月明かりを弾く三成の髪は、ちりちりと銀の淡い光を周りに散らせていた。降り注ぐ光の粒を身に受け、なおもnameは穏やかな寝息を立てている。屈んだ三成の手が彼女の前髪を掬う。彼の手もまた、冷たく白かった。眦に残った涙の跡を見つけ、三成はつきりとした痛みを胸の奥に感じた。黒々としたnameの髪を耳にかけ露わになる顔を、三成は何の表情も浮かべずに長い間眺めていた。しかし彼の眉間に皺は刻まれておらず、不機嫌そうな表情も何処かに消えている。整っているというよりどちらかというと愛嬌のあるnameの顔を三成は好ましく思っていた。nameの顔は嘘をつかない。つまるところ内面も外面も馬鹿みたいに正直なのだ。頬に手を添え、伸ばした親指の腹で薄く開いた唇に触れようとしたその時、長い睫毛が震え、桜色の唇が綻んだ。そして。

「みつ、なり…」

細い、吐息のような声音で呼ばれた自分の名前に三成は何故だろう、涙が出そうになった。胸の奥は去って行く夏の名残のように切なく、喉元に真綿を詰められたのかと思う程呼吸が上手くできない。刹那の出来事だったにも拘らず、nameの声は三成の中に甘く長い余韻を残した。唇に、触れてもいいだろうか。三成は思う。顔を少し近づけては引き、また近づけては逡巡する、それを何度か繰り返すと堪らず「は、」と小さく息をついた。自分は何を、しているのだろう。堺にいる間に激務をこなし、今日も近江に発つその直前まで検地台帳を改める作業に追われていたのだ。自分が思っている以上に疲れが溜まっているのかもしれない。そうでもなければ、こんな。nameの寝顔を見ながらそんなことを考える三成の着物の裾を、ゆるゆると伸びてきたnameの手がしっかと掴む。その様はさながら赤子が必死に親の指を握るようだった。自分の傷付いた手とは違うnameの白くふっくらとしたそれに、三成は己の手を重ねる。あげられた髪から覗く形のいい耳を縁取る産毛が、淡く光って宵闇に浮かんでいた。三成、三成、三成。鈴の音のようなnameの声が、三成の胸の中で木霊する。会いたいと思っていた。声を聞きたいと、切望していた。

「name、」

三成は呟く。離れていた間、何度も何度も心の中で呼んでいた名前を。そうして彼は花に誘われる蝶のようにふわりとnameに口付けた。nameの熱が三成の唇を伝い入り込む。それはまるで冬の荒れ野に春の息吹がさあっと吹き渡ったような、陽だまりのごとき暖かさだった。
唇が離れるのと同時にnameの瞼がぴくぴくと震え、ゆっくりと開いたそこから濡れた黒目が現れた。

「みつなり…?」

眠たそうな声。まだ夢現の眼差しで三成を見上げるnameの顔を伏し目がちに見下ろして、彼はそっと彼女の視界を手のひらで遮った。艶やかな黒髪を何度か撫でてやれば、ふわふわと微睡の中にいるnameは再び寝息を立て始めるのだった。

「もう少し、そうしていろ」

穏やかな三成の声に、一匹だけ鳴いていた蛙の声も止む。辺りは静寂に包まれた。仄かな白銀の光を纏いながら、三成はできるだけ身体を揺らさぬように細心の注意を払いnameを抱きあげると、器用に指先で障子を開け彼女の部屋へと入っていった。
nameが抜け出したままになっている褥を直しそこに彼女を寝かせると、胸元まで掛け布団を掛けてやる。
それでもやはり起きる気配の無いnameにもう一度、先ほどよりもやや躊躇いがちに唇を付けると三成は立ち上がり彼女の部屋を後にした。
僅かに開けられた障子の隙間からは月明かりが一筋差し込んで、nameの姿を照らしていた。



「nameさまーっ!朝っすよ、あ、さ!」

「んー…、」

既に日は登り、庭では何羽かの雀がチュンチュンと元気良く囀りながら虫を啄ばんでいた。ドタバタと騒がしい足音を立てながらnameの部屋に駆けて来た左近は勢い良く障子を開け放つと、未だ眠りの中にいた部屋の主を無理矢理起こして両肩を掴む。

「三成さまが帰って来たんすよ!ほらっ、起きた起きたっ!」

「うわぁー揺さぶらないれぇー頭がぁー」

「目が覚めるまでやめませんよっ、と」

起きがけに激しい揺さぶりをかけられ目を回すname。左近はそんなの御構い無しと言わんばかりに笑いながら尚もnameの身体を揺すっていた。

「左近!朝から騒々しいぞ」

「んげっ、三成さま!」

「三成っ?!」

突如現れた三成の怒声に振り返る左近と、懐かしい彼の声を聞き一気に眠気の吹き飛んだname。

「騒がしいから見に来てみれば、name、貴様もいつまで寝ている。とっくに日は登っているぞ!」

「起きる!今すぐ起きる!」

掛け布団を跳ね除け勢い良く立ち上がったnameに続いて左近も立ち上がる。素早く夜着から動きやすい平素の着物に着替え(name、慎め!、と三成のお叱りを受けたのは言うまでもない)、三成を間に挟んで左に左近、右にnameと連れ立ち三人は歩き出す。三成の腕に絡みつくようにして足取りも軽いnameに、頭の後ろで腕を組み口笛を吹き吹き歩く左近、二人とも割れそうな笑みを浮かべてはしゃいでいる。その二人を両手に三成の表情も自然と緩むのだった。

「そういや三成さま、いつ帰って来たんすか?」

「昨晩だ」

「私たちが寝ちゃった後だったんだね。…あれ?」

「どうしたんすか?」

もう少し夜更かししてればよかったね、などと言い合いながら、nameはふと昨晩のことを思い出す。

「私、たしか寝付けなくて、縁側に出たんだけど…いつの間に部屋に戻ったんだろう…」

そうだ、昨晩は三成を待ち侘びて眠れずに夜風にあたりにいったはず。そう思って小首を傾げるnameの頬を抓る三成の指。

「寝呆けた事を口走るな。己の管理もできんのか貴様は」

「いひゃ、いひゃいよみひゅなり」

「nameさま、ひっでー顔…」

涙目になりながら三成の着物の袖を引っ張り必死に手をどけようとするnameを左近が指差して笑う。ふん、と鼻息荒く手を離せば、抓んでいたnameの頬はうっすらと赤くなっていた。そこをさすりながら、やはりnameは首を傾げるも結局何も思い出すことができなかったのか、「ま、いっか」と言い再び三成にじゃれつくのであった。

「朝飯、刑部さん特製の雑炊っすよ」

「あ、そっか。昨日のおむすびの再利用だ」

「あのねあのね、昨日ね本当は三成が夕方には帰ってくると思ってたから私と左近でおにぎりいっぱい握ってぱありぃしようと思ったの。だけど三成全然帰ってこないから…」と喋る間にも左近が「そーなんすよ、nameさまてば俺の作った握り飯が大きすぎるとかなんとか言っちゃって。あっ、俺、三成さまがあんまり帰って来ないもんだから町の外れまで走ったんすよ、もー心配で心配で…」と右から左からてんでに話すのを聞き流しながら三成は内心胸を撫で下ろす。昨晩の出来事をnameに覚えていてもらっては赤面遣る瀬無い。全く自分らしく無い乙女の如き行いを、三成は今更ながらに恥じるのであった。
台所に揃って入れば、大鍋に向かい木杓子を掻き回していた刑部が振り返る。

「やれ、name。やっと起きたか」

「お早う刑部、美味しそうだね」

「昨晩は三成となんぞお愉しみかと思うたが…」

「おたのしみ?」

「ぎ、刑部っ!何をふざけた事をっ!」

「えっ、なんすか、なんの話っすか?」

「黙れ左近っ!」

「おーこられた、怒られたー」

刑部のあながち間違いではない冗談に三成は顔を真っ赤にして怒鳴り、首を突っ込んだ左近はとばっちりを受けるのだった。しょげる左近の肩を叩きながらnameは「あ、そうだ」と何かを思い出す。

「三成、おかえりなさい!」

まだ言ってなかったね、と言いながらぱちぱちと拍手の音が響く。一瞬の間をおいて左近もnameの行動に合点がいったらしく彼女に倣った。

「三成さま、おかえり!」

「やれ三成、歓待よ。嬉しや、嬉し」

力いっぱい叩かれる二つの拍手と冷やかし程度に、しかしあたたかな刑部の手の音に、三成はこそばゆい気持ちになり少しだけ首筋を赤く染めてそっぽを向く。けれども三人は、彼の口元がほんのりと綻んでいたことにきちんと気がついているのであった。

「さて、握り飯を雑炊にしたら米が増えて仕方ない。左近、城内の者に触れ回ってはくれぬか」

「へいへーい!任せてくださいよ、っと」

にっ、と白い歯を覗かせ風の速さで台所を後にした左近に三成は眉を寄せ、やれやれと言った表情を浮かべる。

「城内で走り回るなとあれ程…」

「まぁまぁ三成。左近も嬉しいんだよ、三成が帰って来てくれて」

「ふん、それとこれとは別問題だ」

「あ、ねぇ三成、今日一緒に寝ようよ」

「なっ…にを言っているのだ!」

言葉を詰まらせた三成は目を見開いた。

「昔みたいにさ、いいじゃない。堺でのお話、いっぱい聞かせてよ。秀吉さまと半兵衛さまのことも」

「童の頃とは違うのだぞ、貴様はもっと危機感を持て!」

「危機感?」

一体何に対する危機感なのか、さっぱり見当がつかないnameは首を捻る。邪な腹の底が露呈し掛けた三成は、再び背後の刑部に「三成よ、nameに危機感とやらを教えてみては」と冷やかされながら、またしても顔を真っ赤にして吠えていた。
危機感ってなーにー、と袴の紐を引っ張るnameの腕を掴み、三成は足音も荒く台所を出て行くのであった。
紅葉が赤く染まりはらはらと落ちる秋の日、佐和山はいつにも増して笑顔が溢れ賑々しさが戻っていた。

【きみがいれば】
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