2014

「うわぁー雪だー!」

「すっげー!真っ白!」

久方ぶりに降り積もった雪を前にした二人の歓声が大阪城に響き渡る。普段なら三成が起こしに行っても寒いだなんだと理由をつけて布団から出てこないくせに、たかだか雪如きで童のようにはしゃぎ回るnameと左近の姿に三成は頭が痛くなる思いであった。
何より彼が危惧していることは「雪合戦!」「かまくら!」「雪だるま!」と子供じみた児戯に付き合わされることだった。庭ではしゃぐ二人を室内から呆れた様子で見る三成は、湯気の立つ湯呑みを手に一人茶を啜る。
そこに勢い良く襖を開けて転がり込んできたnameは頬を真っ赤に染めて、白い息をあげている。きゃっきゃと笑うnameに向かって飛んでくる雪玉を投げているのは左近であった。容赦無く室内に投げ入れられる雪玉を余すことなく掴んだ三成は、それが溶けるよりも早く投げ返し、見事全球左近の顔面に直撃させたのだった。

「さすが三成!」

三成の背後から顔を出したnameが手を叩く。仰向けに雪の上に倒れた左近はむくりと起き上がると、顔や髪に雪を付けながら「それ反則っすよ!」とnameを指差して口を尖らせた。

「貴様ら…!」

めらめらと怒りに髪を逆立てる三成に、nameと左近はしまった、と目を見合わせる。背中にしがみついたnameをそのままに、畳に置いた湯飲み茶碗がひっくり返りそうな勢いで立ち上がった三成は、ゆらりと前傾姿勢をとって走り出す。ひぃお助け!と悲鳴をあげて逃げる左近が投げつける雪玉を目にも留まらぬ速さの手刀で切り払い、とうとう捕まった左近は雪の中に蹲って兎のように震えているのだった。
そうしている間にも強くなる雪に視界は白く霞み、べくし、と色気もなにもないくしゃみを三成におぶさったnameが放つ。雪とは違うひんやりとした飛沫を首筋に感じた三成に背負い投げをされたnameは、蹲る左近共々雪に沈んだのだった。
ふん、と赤くした鼻を鳴らして三成が部屋に戻ればようやく起きてきた刑部が炬燵を伴って三成の部屋の真ん中に陣取っている。頭に雪を乗せて炬燵に潜り込む三成に、刑部は据え置かれた籠から蜜柑を一つ取って手渡した。無言でそれを受け取ると、皮を剥いて三房纏めて口に放り込む。部屋にふわりと漂う冬の香り。

「なんだ奴らのあのはしゃぎようは、犬でもあるまいし」

「いや、我には主も十分楽しんでいるように見えたのだが」

「寝言は寝て言え、刑部」

「……すまなんだ」

耳と鼻を赤くした三成にひと睨みされ、刑部は謝るしかないのだった。

「寒い」

「寒いっす」

二人折り重なるようにして濡れ縁から這ってきたnameと左近。雪に濡れた二人に手拭いを投げた刑部に、三成は天板に両肘をつき蜜柑を食べながら「放っておけばいいのだ」と不機嫌そうに言い放つ。
わしゃわしゃと髪を拭き、尺取虫のように炬燵に潜り込んだ二人。

「三成、火鉢もっと寄せて」

「自分で取りにこい」

三成側にある火鉢を寄越せと炬燵蒲団から顔だけ出して言うname。嫌だと三成が突っぱねればnameは指先まで冷たくかじかんだ手で、炬燵の中の彼の足首を鷲掴む。

「冷たい、離せ」

「火鉢くれないなら三成で暖を取る」

「離せ、name」

「あ、刑部蜜柑剥いて、そんで口に入れて」

「刑部さん、俺も蜜柑一個とってください!」

「ほれ。あとname、蜜柑ぐらい自分で剥きやれ」

「今両手塞がってるから」

へらりと笑ったnameと、とびきり深い皺を眉間に刻んでnameを睨む三成とを交互に見ながら、刑部ははぁと溜息をつく。なんだかんだで友がこうして喜怒哀楽を顔に出すのは良きことよと思いつつ、如何せん怒の割合が多すぎるのが彼の目下の悩みなのだった。
瑞々しい蜜柑の皮を剥き、四等分した内の一房を「ほれ」と言ってnameの口に押し込めば、「甘やかすな刑部!」とすかさず三成に一喝された。

「この蜜柑めちゃうまっすね」

「鶴姫ちゃんが送ってくれたんだよ。刑部おかわり!」

「ほれ」

「だから刑部、甘やかすなと!」

刑部が摘まんだ蜜柑の房を奪い取ると三成はパクリとそれを口にする。「私の蜜柑返せバカ三成!」「馬鹿と言う奴が馬鹿なのだ!」「ちょ、暴れないでくださいよ」「やれやれ、困った、困った」にわかに騒がしくなった室内に、さあっと雪風が舞い込んできた。一様に首をすくめて開いた障子を見やれば、盆に湯気の立つ甘酒を乗せた半兵衛と、ああ見えて寒がりなのか綿入りの半纏を羽織った秀吉がそこには立っていた。

「寒いのに相変わらず元気そうだね。甘酒を作ってみたんだ。お裾分けだよ」

「わーい!」

やはり炬燵から首だけ出したnameは満面の笑みを浮かべ、そして三成は勢い良く炬燵から飛び出すとその場所を半兵衛に譲る。上司のさらに上司の登場に、左近も炬燵から出て正座をしているのだった。

「あぁ、三成くんありがとう。秀吉は入れないから三成くんと火鉢にでも当たっていなよ。左近くんも、そのまま炬燵に入っていればいい」

そうしてname、刑部、左近、半兵衛の四人で炬燵を囲み、秀吉と三成は火鉢に手を当てる。人数が増えた室内は心なしか暖かくなったようだった。

「半兵衛さまの甘酒美味しい」

「甘酒は身体にも良いと聞く。流石は賢人」

「この雪ではすることもないからね。たまにはいいかなと思ったんだ」

「幸せっす、俺」

各々甘酒を啜り蜜柑を食べる傍で、三成は敬愛する秀吉と火鉢に当たることのできる幸せを噛み締める。存外薄着な三成を気遣った秀吉に「綿入りの服を今度作らせよう」と言われた彼は、雪も溶けるほどに頬を染め「あ、ありがたき幸せ!」と拳を握るのだった。
未だ止みそうにない雪はいよいよ深くなり、大阪城の灯りは朝だというにもかかわらず煌々と焚かれているのであった。彼らの幸せを閉じ込めるようにして、雪はしんしんと音もなく降り積もる。

【雪の日のこと】
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