2014

地下鉄とも新幹線とも違う、外を走る在来線は本当にがたんごとんと文字通りの音を立てながらレールの上をぐんぐんと進んでゆく。
平日のこんな時間だからだろうか、車内にはnameと三成の二人しかいなかった。
車両の最後尾、窓ガラスに額を寄せて景色を眺めているnameの小さな背中を、三成は少し離れた座席に腰掛けて見つめていた。

電車に乗って何処かに行こうと言い出したのはnameの方だった。何処へ行くんだ、と尋ねた三成にnameは「どこでも」と返しただけだった。
朝早く、まだ夜の名残が色濃く空気に残る中、二人は並んで駅まで向かった。寒いねと言って、nameは三成の腕にしがみ付く。はぁ、と白く息が渦巻いた。それを見た三成はnameの手を掴むと、無造作に今まで手を入れていたモッズコートのポケットに、自分の手ごと彼女の手を突っ込んだ。
わわ、とバランスを崩しかけたnameを腕で支えながら三成は歩く。いつもよりスピードが遅く歩幅も狭い為、歩きづらいと少し眉を顰めながら。
そうして朝焼けだか夕焼けだかわからぬほどに染まった寒空の下、二人が駅に着く頃には朝陽が昇りきっていた。
波打つ電線が続く住宅街を抜け、徐々に車窓を占める緑の割合が大きくなってゆく。郷愁を感じる踏切を越え、赤く小さな橋を渡った頃には左手に大きな川が見えていた。
三成、川だよ!そう言ってnameが振り向いたのと同時に電車が大きく揺れて、nameの身体は右にぐらりとよろめいた。動じずに席を立った三成は重力も遠心力も無干渉であるかのようにしてnameのもとに大股で近づくと、彼女の肩を掴んで溜息を吐いた。

「だから座っていろと言ったのだ」

「でも折角誰もいないんだから、景色見なきゃ損じゃない?」

ね!と大きく笑ったnameを無視して三成は彼女の手を引き座席に座らせる。
危なっかしくて見ていられない。常々そう思っていた。単に注意力散漫なだけでなく、どうやら彼女は天性の運の悪さを持っているようで。だから万全を期すに越したことはない。
なにやら不服そうな表情で向かいの窓を見ているnameを尻目に三成は脚を組む。景色など見てなにが面白いのかと、それでも目を輝かせ流れ行く風景を追うnameを三成は半ば呆れながらも不思議に思う。
「川、おっきいね」「山が近付いてきたよ」「見て、あそこに野良犬がいる!」三成が聞いているかいないかなど御構い無しに、nameはひとり声をあげている。

「で、どこで降りるんだ」

「んー、終点?」

「まさか何も決めずにここまで来たのか」

「そだよ」

あっけらかんと呑気に言うnameに三成は今度こそ盛大な溜息を吐いた。
計画は私に任せてと胸を叩いたnameを信用した自分が愚かだった。何事も綿密な計画を立てておかねば気が済まない三成にとって、ぶらり途中下車の旅といった類の当てのない外出は無意味そのものなのだった。

「わっ、雪山だ!」

nameが指差した窓の外には雪を被った大山が荘厳な姿で聳え立っていた。空気が澄んでいるからだろうか、平らに大きく欠けた中腹部分や、尾根の筋すらはっきりと見て取れる。
見るからに寒そうな雪山を一瞥すると三成は鼻を鳴らし、「子供でもあるまいし」と隣のnameに握られた手を適当に指で遊ぶ。
途中で幾つかの駅に電車が止まったが、やはり乗客が乗ってくることはなかった。いよいよ終点を告げるアナウンスが車内に流れ、コートを着込みマフラーを手に持ったnameとそれに倣う三成。
電車は徐々に速度を落としてゆき、複数の路線が乗り入れているホームの一線でゆっくりと停車した。「行こ、」と言って立ち上がったnameは三成の手を引きホームに降りる。
久々に吸った外の新鮮な空気で肺を満たすと彼女は三成を振り返る。

「どこ行きたい?」

「貴様が行きたいと言い出したのだ。最後まで責任を持って私を案内しろ」

「最後まで、責任を持って?」

「そうだ」

生真面目な表情で頷いた三成に、nameはへらりと笑って口を開く。

「なんかプロポーズみたい!」

「……」

「あれ、三成?」

「馬鹿か貴様は」

むすりとした顔をマフラーに半分隠した三成であったが、ちらりと覗いた耳の先は仄かに赤かった。目敏くそれを見つけたnameにそれをからかわれれば、取って食わんばかりの勢いで三成は食ってかかる。その腕を掻い潜り、nameは三成の背中におぶさった。

「レッツゴー!」

「だから行く先を明かせと言っている!」

「はいどー!」

「私は馬ではないっ!」

背中でけらけら笑うnameを放り投げることもできず、三成は先程の「プロポーズ」という言葉の余韻に耳が甘ったるいような気がしてならないのだった。

【最果てロマンス】
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