2014

かたくなに着物を脱ごうとしない三成を問い正せば「花が、」と掠れた声で三成は言う。そうして肌蹴た衿から露わになった胸元に、小さな菫が咲いていた。胸の真ん中で場所で咲くその花弁はしっとりと濡れたように広がっている。
薄紫のそれは突然暴力的な等しさで白日の下に晒されて、怯えたように花弁を微かに震わせている。

「スミレの、花だね」

「気が付いたら咲いていた」

「痛く、ないの」

「痛くは、ない」

ただ、と三成は言葉を続けようとしたけれど、上手く紡げずにばらばらと吐息になった言葉は唇から零れ落ちてゆく。私はそれを両手で掬って、ひとつずつ正しい順序に入れ替えるようにして紐に通してゆくのだった。

「ただ、なにか、胸の中が苦しくなる」

「苦しいの」

「息が止まるような、心の臓を掴まれたような、…気味が悪い」

そう三成が言う最中にも、スミレの花は呼吸に合わせて静かに揺れていた。夜の月明かりに浮き出した三成の白い肌に咲く花。何かを訴える痕のように淡かった。
瞼から落ちる白銀の月光を慈雨の如く浴び、静々と控えめに面をあげている。私はそっと花弁を啄ばむ。勿論痛めてしまわないように細心の注意を払いながら。
ん、と三成が声を上げた。普段は聞くことない類の声だったから、私は少し驚いた。香りの殆ど無いスミレも、こんなに澄んだ月夜においてはその淡い香りをきちんと正しく届けてくれる。
そろそろと唇を離せば、三成の手が私の後頭部をゆるりと撫でた。
まるで、三成の中に沈んでいる悲しみや寂しさや痛みを煮詰めたような紫色を花弁に乗せて、やはりスミレはそこに在る。

【咲きほこる花よ】
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