2014

「はいはーい、皆さん集合しましたかー」

信長の号令に一同は「おおっ」と右手を挙げた。
秋の収穫と日頃の労いを兼ねて開かれた焼き芋パーティーに招待された側近たちは、銘々妻や子供、兄弟などを伴って岐阜城の庭に集合した。
山盛りに積まれた落ち葉に火が入れられくすぶり始めると、「それではお芋、どうぞー!」という掛け声とともに使い古された紙にくるまれた大量のさつま芋が運び込まれ、次々に焚火の中へと投げ入れられる。
家臣団のうちの一人、丹羽長秀の妻であるnameも夫に連れられ岐阜城にやって来ていた。

「長秀さま、暖かいですね」

「ああ」

「長秀さま、芋はもう焼けましたでしょうか」

「まだ入れたばかりであろう」

ちょこちょこと焚火の周りをもの珍しそうにうろつくnameを少し離れたところから眺めていた長秀は、背後から信長に名を呼ばれ彼の腰かける濡れ縁へと赴いた。

「いやー、焼き芋って漫画とかではよく見るけどさ、一度やってみたかったんだよねー」

「まんが…?」

「うん、さすがにこんだけ落ち葉燃やすとさすがに煙いね」

顔の前で信長が片手を仰ぐ動作をするのと同時に、にわかに風向きが変わり落ち葉が舞い飛んだ。
それを見た長秀は「失礼」と断りを入れて一礼するとnameの元に歩み寄る。

「そちらは風下になる」

けほけほと咳こんでいるnameの腕をとると風上の、火から少し遠い場所へ移してやる。
涙目になって長秀を見上げたnameは恥ずかしそうに着物の袖で目元を拭うと「はしゃぎすぎました」と小さな声で言い俯いた。

「それにしても、皆様お元気でいらっしゃいますね」

「丹羽殿の奥方様!」

「おい、足を踏むな!」

ふふ、と笑んだ傍から現れた利家と成政は挨拶もそこそこに、いつもの如く睨み合いを始めるのであった。
自分の前で火花を散らしあう二人を不思議そうに眺めているnameをさりげなく背後に隠すと、長秀は焚火の近くに寄っていく。

「あのお二人、放っておいてよいのですか?」

「いつものこと、そなたが気にすることはない」

「そう、なのですか…?」

冷えてしまった手先を温めるために手の平を炎に向けるnameと、着物の袖に腕を通している長秀の背後では未だ例の二人がいがみ合っている。
それをかき分けるようにしてやって来たのが可成率いる森四兄弟であった。
巨体に人懐っこそうな笑みを浮かべ、両腕に小さな弟を二人ぶら下げた可成が長秀とnameに頭を下げる。それに倣って蘭丸と、遅れて長可も頭を下げた。

「まあ、お可愛い」

「いやぁ、不出来な倅どもでして。丹羽殿の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいです」

はは、と豪快に笑って頭を掻く可成。
まずそう、いらない、と顔を見合わせる坊丸と力丸に、冷や汗を流しながら深々と頭を下げる蘭丸を長可がつまらなさそうに見下ろしていた。

「おのこは良いですね、賑やかで」

「うちのは些か賑やかすぎますな」

父親の立ち話に飽きだした末の弟二人は長秀とnameの間を「ほっぺぷにぷに」「御髪さらさら」などと好き勝手言いながら行ったり来たりするのであった。

「坊丸、力丸、失礼なことを申すな!」

蘭丸が二人の弟の襟元を掴んで非礼を詫びるのを、nameが「しっかり者のお兄ちゃんなのですね」と言って制する。
ふぁ、と欠伸をした長可に向かって「兄上!」と忙しなく拳を上下させる蘭丸を父がひょいと抱え、「はっは、それではこの辺りで」と一礼し、森一家は信長の方へと去って行った。

「見ていると、こちらまで元気になりますね」

「……」

「長秀さま?」

嫁いだばかりでまだ子のおらぬnameがそれを気にしているのかと勘繰った長秀は、じっとnameを見つめている。
もの言わずに心の奥を見透かされるような視線を送られて恥ずかしくなったnameは、つと顔を伏せて赤らめた。

「寒くはないか?」

「寒いですけれど、こうして火に当たっていれば大丈夫です」

そうか、と相槌を打ってさり気なく風上に回った長秀。
そんな二人の様子を濡れ縁に寝そべって見ていた帰蝶と信長、そして恒興はなにやら珍しい光景を目にしたような気がして、ぱちぱちと互いに目配せしあっていた。

「丹羽ちゃん意外とやるじゃん」

「お優しいのですね、丹羽さまは」

「何故でしょう、それがし恥ずかしくなってきました…」

「それはそうと、そろそろ芋焼けたかなー?」

「おお、そうでありました!」

恒興がぱんぱんと手を鳴らせば、控えていた女中達が現れて長い火かき棒で焚き火を掻き回す。

「火の粉が飛ぶ、下がっておれ」

「はい」

物珍しそうに身を乗り出して様子を見ているnameの肩にそっと腕を回して火から遠ざける長秀を、nameは少し見上げると幸せそうに微笑んだ。
そうして各々焼けた芋を手渡され、おぉーという感嘆の声があちこちで上がった。

「熱いですね」

着物の袖を引き上げ素肌に触れぬようにして持っているnameから長秀は芋を取り上げると、ぱかりとそれを二つに割った。
こんがりと焦げ目の付いた薄皮の中から現れた黄金色からは温かな湯気があがっている。
ふわりと漂う甘い香りに、nameはうっとり溜息をついた。
持ち手の部分だけを残して皮を剥いた芋を「ゆっくり食べるように」とnameに手渡し、長秀は皮ごと残り半分の芋を頬張った。
時折強い北風が吹いたけれども、身を寄せ合って焼き芋を食む二人はそれほど寒さを感じない。
それどころか、ひっそりと重ねられた手の平に、nameは頬がほんのり暖かくすら思えるのだった。

【焼き芋パーティー】
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