2014

夜明けの気配に目を覚ます。
淡い紺色に包まれた部屋の天井を眺め、左を向けばまだ三成は寝息を立てていた。昨日大阪城から戻った三成にひと晩かけて愛された。甘い気だるさの余韻を味わうように足の指を閉じたり開いたりする。
独り寝よりずっと暖かい布団の中、隣の三成をこっそりと眺める。相変わらず血色の悪い肌に、それでも今朝はだいぶ紅が差していた。起きている時は引き結ばれている唇もいくらか綻び、白い歯の隙間からは規則的な寝息がこぼれている。夢でも見ているのだろうか、時折瞼がぴくりと動き、それに合わせて長い睫毛がふるふると震えた。
間近で改めて見る三成はやはり美しく、額を覆う髪に触れたい衝動に駆られるけれど、そんなことをしてしまっては絶対に目を覚ましてしまうだろうからやめておこう。
ちち、ちゅんちゅん、障子の向こうから聞こえてくる賑やかな雀の声に誘われるようにして私は布団を抜け出した。三成を起こさないよう、細心の注意を払って。
障子を少しだけ開けて滑り出た廊下は早朝の澄んだ空気が満ちていた。夜着の衿を合わせて静かに濡れ縁に腰掛ける。
低い山々の合間に朝霧が垂れ込め、瑠璃色の空を稜線から滲み出した眩い朝日が照らし出す。庭をつつく雀を見ると無しに見て、すっかり指先が冷たくなった頃だった。

「風邪を引かれます」

寝起きで鼻にかかったような声で言う三成は、打掛を私の肩にかけると隣に腰を下ろす。ふわりと、褥の香りが仄かに鼻を掠め、私は気恥ずかしくなって下を向く。冷えた指先を暖めようと無意識のうちに擦り合わせていたのに気がついたのか、三成は私の手を取ってその大きな両の手で包んでくれた。

「三成にしてはあたたかい手」

「起きたばかりですので」

彼らしくない温もりは、それでも常人のそれより幾らか低いものだった。けれど冷え切った私の手にとっては嬉しいあたたかさで。何よりも彼の方からこのようなことをしてくれたということが、私の心を優しい熱で溶かしてくれる。

「父上と半兵衛さまは元気だった?」

「は、お二人ともお変わりなく。秀吉さまも半兵衛さまも、nameさまがいかがお過ごしか大変気になさっていらっしゃいました」

「心配性だから、あの二人は」

ふふ、と笑って三成を見れば、びっくりするぐらいに優しい目でこちらを見ていて私は思わずたじろいでしまう。どうされましたか、と三成は言うと、腕を回して私を抱きしめた。

「き、今日の三成は、…なにか変」

「……」

三成が何も言わないので押し当てた胸板から顔をあげれば、バツの悪そうな困ったような顔をした三成と目が合った。言ってはいけないことを口にしてしまったらしい。

「申し訳ありません…ただ、久方ぶりにnameさまにお会いできて…。無礼な振る舞いをお許しください」

これが無礼な振る舞いなのだとしたら、昨夜のあれを彼はいったいどう思っているのだろう。首筋に噛み付いた三成の唇を思い出して、私は小さく笑ってしまう。
山の端から爪の先ほど覗いた太陽に照らされた三成の頬が朱に染まっていた。

「遠慮も敬語も必要ないのに」

「それは!…なりません」

男女の仲なのだからもっと普通の女として扱って欲しいと何度も言っているにもかかわらず、三成は未だ私をこのように扱うのだ。一度父上と半兵衛さまにきつく指導をさせようか、そう大谷殿と話し合ったのはつい先日のことだった。
一番鶏が鳴くのと同時に、東の山から朝日が登る。朱鷺色の空の端から燃えるような橙の光が空を満たす。

「見て、朝が来る」

震えるほどに澄んだ空気は徐々に温められ、私と三成に太陽の光が降り注いだ。

「三成、名前を呼んで」

「nameさま」

「そうじゃなくて、」

「……」

きりりと上がった眉が僅かに下がる。困った三成の顔は嫌いではない、むしろ好き。きっと私しか見ることの出来ない顔だから。

「おねがい」

三成の衿元を掴んで顔を覗き込むと、逃げるように視線を逸らされた。今回も失敗か、そう思って三成の肩に頬を預け目を閉じる。

「name」

耳元でかすれ気味に囁かれた自分の名前は、聞き間違いかと思うほどに甘かった。驚いて顔を上げ目を見開く。

「ね、…もう一度」

ふわふわと、ねだる私の声もまた砂糖菓子のように甘ったるい。

「…name、name」

名を呼びながら覆いかぶさってくる三成の背に腕を回し、降ってきた唇を受け止める。
熱っぽい視線は昨晩の情事を思わせた。噛み痕をつけられた首筋が熱い。太陽に向けた背中があたたかい、三成の腕の中があたたかい、口付けが、あたたかい。いまにも床板の上に押し倒されてしまいそうになりながら、ちょんと跳ねた三成の寝癖を撫で付けた。

【呼ぶだけでのどがあつい】
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