月も無い夜だというのに、天海さまの姿はぼんやりと闇に浮かび上がっていた。
銀の髪がさらさらと、肩から落ちる。
屈みこんで、何かを。
「どうしました、name」
ゆらりとこちらを向いた天海さまの足元には、よく見ると黒い羽根が一面に散らばっていた。
身じろぎをすれば河原の玉砂利が鈍い音を立てる。
「可哀想に」
再び視線を足元には落とした天海さま。
つられて見れば、そこには烏が一羽。
艶やかな黒羽は今や乾き抜け落ち、見開かれた瞳は萎びた果実のようだった。
伏せられた瞼を縁取る長い睫毛が揺れていた。
「天海、さま」
「塚でも作って差し上げましょうか」
「触れてはいけません」
御手が汚れてしまいます。
そう言った私に天海さまは微笑んだ。
「とうに汚れた手ですから」
ふふ、目元だけで笑むと入れ物だけになった烏を、供物を捧げるがごとく両手で持ち上げた。
はらはらと、また何枚かの羽根が散る。
「貴女はお戻りなさい」
振り返って私にそう言い残すと、天海さまは闇の向こうへ姿を消した。
天海さまの白い手に乗せられた烏の黒さが心底疎ましくてたまらなかった。
【宵闇に黒】
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