「うわっ、石田三成だ」
疲れ果ててむくんだ足からパンプスを外し、皮膚と一体化してしまったかのようなストッキングを引き剥がし、カバンをベッドに叩きつけるかの如く放り投げようとしたところだった。
ベッドの上にちょんと正座した見慣れぬ何者かは明らかに私が知っているあの石田三成だった。確か四百云年前に死んだはずでは。
「まさか…幽霊?」
「貴様っ、何をする!」
もしかしたら実体がないのかもしれないと思い、恐る恐る近づいて伸ばした指先を彼の腹の辺りに押し付けてみれば石田三成は私の腕をむんずと捕まえた。痛い。
「触れる?!幽霊じゃない!」
えーなにこれすごーい!原理なんか全くわからないけど今私の目の前には実体をともなった石田三成がいるのだ。然るべき場所に連絡すれば私が幾らかの報償をもらったのちに彼は研究機関に連れて行かれるかもしれない。なんという非日常!
しげしげと彼の顔を観察する。銀の髪、変な前髪、白い肌、綺麗なうなじ。
「睫毛ながっ」
「相変わらず無遠慮な女だ」
「いやいや、人の部屋に勝手に入って来た人が…って。え?」
私の耳がおかしくなければ今この人「相変わらず」って言った気がする。冗談は前髪だけにしてくださいよー、と言おうと思ったけれど何だか目線で殺されそうだからやめとこう。
「初対面ですよね、私たち」
「貴様がそう思うのならそうなのだろう」
「ごめんちょっとなに言ってんのかわからない」
大っきい手だなぁと思いながら彼の手で遊びながらそう言うと、石田三成の顔に寂しそうな影が落ちた。まずいこと言っちゃったかな。
あー…と曖昧な音を喉から出しながら、そういえば早くお風呂に入りたかった事を思い出し、髪を縛っていたシュシュを外して二、三度頭を振る。もう秋だっていうのに何で日中あんなに暑いのだろう。嫌になる。
「あの、石田さん」
「三成でいい」
「初対面なのにそれはあまりにも馴れ馴れしくない?」
「いいと言ったらいいのだ!」
「あっ、はい」
勢いに負けて頷けば三成はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。髪から覗いた耳の先がちょっとだけ赤くなっていて、あれこの人照れてるのかななんて思ったらちょっとだけ可愛くて、からかってみたくなった私は三成にググっと近づいた。そうして愉快な前髪を摘まんで彼のおでこを露わにすれば、三成は顔を真っ赤にして仰け反るものだから私もつられて身体のバランスを盛大に崩して彼の上へとのしかかってしまう。
「な、なっにを!するのだ貴様ァ!」
「あはは、顔真っ赤ー」
変なところで言葉を詰まらせながら、三成は私のことを見上げている。上目遣いやばいよ、三成くん。あれ、デジャヴ?いやいやあり得ないっしょ。
「ねぇ、三成」
「なんだ。その前にそこを退け、今すぐに」
「いや退かないけども。お風呂入ろっか」
「……は」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして三成がこっちを見ている。初心な奴め。ブラウスの釦を外す私の手を掴んだ三成は泣きそうな顔をしていた。童貞かお前は。
「ていうか三成こそそれ脱いだら?重たくない?」
「やめろ!触るな!脱がすな!聞いているのか!」
重たそうな鎧?なんていうかそんな奴を身に付けているせいでこちらとしても触り心地が悪いし、部屋にいるのにこんなものを着られていては落ち着かない。かといって私のアパートには三成に着せてあげるような服は置いていない。まぁそんなものは明日の朝どこにでも行って買えばいいではないか。
「仕事で疲れたし、どうせだから背中ぐらい流してよ」
「こっ、断る!」
よしよしと三成の頭を撫でていると鞄の中から携帯電話が着信を告げる。けたたましく鳴るスマートフォンを三成がおっかなびっくり眺めているのが妙におかしくて、笑いながら電話に出た。
「あもしもし?家康?…あんたの家で飲み?いや無理だから。うん、うん…ちょっと後ろのチカと政宗うるっさい!…は?いやだから無理。三成来てるから。てことでまたね」
「おいっ!いま家康と言ったか?!その摩訶不思議な板から家康の声が聞こえたぞ!」
「あれやっぱり知り合い?」
「name貴様!家康とはどういう関係だっ!白状しろっ!」
「幼馴染」
「なん、だと?」
「いやだから…」
「私は…私がお前を…お前を喪い…今こうしてやっと探し出したというのに…奴は…家康は…っ。許さない…許さないぞ家康ゥゥゥ!」
「話がわからない」
目を血走らせて家康家康と叫ぶ三成の口を手で塞ぐ。こんなに時間にこんな大声をあげられては最悪通報されかねない。もがもがと私の手を剥がそうとする三成の頬にキスをしてみれば、一瞬で真っ赤な顔で黙り込む。だからお前は童貞か。
「三成、お風呂」
「name、いい加減にっ…!」
私さぁ三成のこと好きだわ。抱きしめながらそう言った。やばいちょっと汗臭かったかな。お風呂の後で言えばよかったかなとちょっぴり後悔したけれど、今言わないといけない気がしたから。そうだ、ずっと前から言いたくて言えなかったんだ。
酎ハイが飲みたい。ビールでもいい。上機嫌な私は嫌がる三成の手を取ってバスルームへと向かう。私たちはもうなくさない。不思議な安心感に後押しされて、バスルームの扉を足で蹴り開けて三成を着ているものもそのままに押し込んだ。
ぎゃあぎゃあ喚いている三成にシャワーをかけて慌てふためく様に爆笑する私はとうとう彼に押し倒されて、二人でずぶ濡れになりながら狭いバスルームの床で馬鹿みたいに転がりながらキスをした。ひっくり返ったシャワーヘッドから勢い良く迸る水に虹がかかり、上下する三成の肩越しに光が降り注ぐ。
鼻を埋めた首筋から香る仄かなかおりに、私の口からは勝手に「会いたかったよ」と言葉が落ちた。遠くでまた携帯が鳴っていた。
【nonstop mirrorball disco】
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