2014

夕暮れが錦を纏った山の端を黄金色に照らす。眼下の湖に立つ白波は夕陽を乱反射させ、まるでこの世のものと思えぬほど神々しい光を放っていた。
佐和山の麓に建つ寺の参道を歩きながら三成を探す。屋敷にいないということは、恐らく左近のところかこの辺りにいるような気がして、私は視線をキョロキョロとさせながら石畳を渡る。
どこに行ってしまったのだろう。もうすぐ夕餉の時刻なのに。そういえば今日は薩摩芋の甘露煮が出ると言っていた。ねっとりと炊き上げた黄金色を思ってにやにやしていると、よそ事を考えていた所為か足元の窪みに気が付かずよろめいた。足首が変な曲がり方をして嫌な予感がした。手を付かないと、と思うのに鈍臭い私は顔面から石畳へと倒れて行く。
けれど。

「危ない」

「三成!」

背後から突然現れた三成が私を抱えてくれた。助かった、と思うのも束の間。伸びてきた指に頬を摘ままれ鈍い痛みがじんわり広がる。

「前を見て歩けと何度言えばわかる」

「見てたんだけどなぁ」

「さしずめ他事を考えていたのだろう」

「うん。あ、そうだ!もうすぐご飯の時間だよ」

「口を開けば食べ物の話しかしない貴様と話すべきことはない」

「じゃあお芋さんは私がもらっとく」

「……」

「ひゅみまひぇん」

一旦離れた指に安堵し好き放題言ってしまえば、再び頬を抓る指に身体ごと持ち上げるような勢いで上に上にと引っ張られ、涙目になりながら謝ればようやく解放されたのだった。こんなの体罰だよ。金吾くんよりも扱い酷い気がするよ。じんじんと熱い頬っぺたを摩る私を三成は一瞥して歩き出す。

「紅葉、綺麗だね」

「この辺りは特にな」

珍しく静かに返答してくれた三成は立ち止まり、幾重にも折り重なる茜色を静かに見上げていた。私は半歩ほど後ろから紅葉を見上げる振りをしながら三成の顔をこっそり盗み見る。
少し顎を上げて紅葉を見る三成は何と無く寂しそうで、本当は紅葉なんかよりももっと遠くを見ているような気がした。秋風に梢がざわめくたびに三成を照らす夕焼けが淡く揺れて、まるで美しくて悲しい万華鏡の中に一人ぼっちで生きる人のようだった。儚い美しさをいつまでも見ていたい気持ちもあったけれど、それにも増してこのまま三成が消えてしまうんではないかという嫌な思いに私は胸が寒くなる。
気が付けば三成の手首を握っていた。私の突然の行動に怪訝そうな顔でこちらを見る三成。長い睫毛が注ぐ緋色を細かな光へと変え、こぼれ落ちる粒子は彼を柔らかく包む。風が一迅吹けば夜空の星に還ってしまいそうだった。
私たちの間を紅葉の葉が一枚、舞いながら落ちていくのを三成の手の平が受け止めた。水分が抜けかさついた紅葉は、三成の手にこびりついた血糊のようだった。違う、違う。こんなにも美しい場所にいて、そんなことはあり得ないのに。無言で手に乗る葉を見る三成からそれを取り上げると、私はさっと懐にしまった。

「どうするつもりだ」

「栞にでもしようかな、って」

「貴様は本が読めたのか」

「失礼な」

そうしている間にも少しずつ日は傾いてゆく。赤みを増した太陽の光は佐和山全体を照らし出し、さながら極楽浄土の様態だった。極楽浄土を見たことはないけれど。
さぁっと吹いた風に、つい三成の腕をつかむ手に力が篭る。よかった、消えてない。当たり前のはずなのに、そんな風に思わせる三成の持つどこか刹那的な雰囲気を私は少し悲しく思う。
ふと三成の肩越しに、大方葉が落ちてしまった中で何枚か散り残っている梢があるのを見つけ、何故だか私はそこから目が離せなくなった。あと幾日もすれば、自然と枝から落ちるだろう。柔らかに折り重なる仲間たちの元へ行ける時を待ちわびているのだろうか。それとも一日でも長く枝に残り、落ちるとわかっていながらもその様を先にいった仲間たちに見せ続けるのだろうか。どちらにせよ、散るその一瞬、その間際に一番の輝きを放つに違いない。
なんて事を三成に言ったらきっと、「熱でもあるのか」だとか「貴様に風流など似合わん」だとか言われるに決まっているから。だから私は指を差して「綺麗だね」とだけ口にした。
三成は振り返って私の指差した先をじっと眺める。白い肌に夕焼けがよく映えていた。瞳の中に燃える光に、私は目を細めずにはいられなかった。やがてこちらに向き直る三成。

「冷えてきた。戻るぞ」

「うん」

ぶっきらぼうに放たれた言葉の後に、それとなく握られた手。あっ、と思い三成の顔を見ようとするも、そんな間も無く彼は歩き出す。冷たい三成の指先が、体温の高い私には心地いい。石畳に広がる緋色の毛氈を踏み踏み、私たちは影を長く伸ばしながら帰るのであった。


散り
紅葉はことにいとおしき
秋の名残はこればかりぞと
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