「柳君はセックスって恐くないですか?」 そう言ったのは友人である柳生比呂士で、柳が面を食らったのは言うまでもない。それもあっけらかんと、さも天気の話でもするかのように柳生は言った。 普段この手の話になると恥ずかしそうにするくせに、何なのだろうこの温度差は。何か言ってやりたかったが何を言って良いかも分からず柳生を見やると、「柳君は私と同じ立場ですよね?」などと更に言うものだから、派手に転びそうになるのをなんとか踏みとどまる。 何故その考えに至ったのかは謎であるが、相手はあの柳生比呂士だ。仕方ない──と、自分でもよく分からない納得をして、改めて柳生を見やる。 違いましたか?──と首を傾げる柳生に、小さく溜め息をつく。まぁあながち間違っているわけでもないから、否定はできない。 いや、それよりも。 「何故そう思う?」 「思うというか、切原君が言ってました」 放課後、柳がほぼ毎日といって良い程テニス部に顔を出している事を柳生は知っていたらしい。後輩の指導をしているのだろうと思って赤也に聞いてみると、 ──柳さん俺を待っててくれてるんスよ。俺、柳さんと付き合ってるんです。 「赤也……っ!!」 「柳君と切原君がお付き合いしてるだなんて知りませんでした。しかし皆さん御存知なんですね」 「……何?」 柳は自分の額に青筋が浮かぶのを感じた。単純な赤也だから仕方ないが、皆には黙っておくよう言っていたのに。しかも皆が知っている、とは? 平静を装う柳には気付かないようで柳生は、はい、と続けた。 「一緒にいた丸井君は知ってました。他にも皆さん御存知だと……知らなかったのは私だけのようです」 私だけが全然知らなかったようで……──言いながら苦笑する柳生をよそに、柳はわなわなと震え出す。絶対に気付かれぬよう注意していたというのに、その努力は当の赤也によって無にされていたという事だ。 「……どうしました?」 「いや、何でもない。それより比呂士、質問の意図が分からないのだが……」 「そうですね。いきなりすぎましたね、すみません。仁王君がですね、その……シたいようでして……」 改めて言うのが急に恥ずかしくなったのだろうか。柳生はしどろもどろに話し始め、その少しの間ではあるが柳は、あぁ……、と納得したように小さく呟いた。 おそらく柳生は仁王が自分を求めているのに、その行為が怖くて応えられない事を情けなく思っているのだろう。 しかし。 「それはお前の気持ちの問題だからどうしようもないな。しかし……」 「しかし?」 「お前は雅治に感謝すべきだ、比呂士。アイツは詐欺師と呼ばれる男だ。顔だけは良いが胡散臭いし信用できないしお世辞にも誠実だとは言えない。が、お前に対する気持ちだけは評価に値する」 「……随分な言われ様ですね、仁王君は」 「まぁ前半は冗談としても後半は事実だ。比呂士の気持ちはどうなんだ? お前の事はお前が一番分かるだろう?」 「それは……」 言い様、柳生の頬が染まった。それだけで本当は仁王の気持ちと同じなのだと、察しの良い柳には分かってしまう。 が、それはおそらく本人も分かっているはず。なのに素直になれないのが柳生比呂士という男だ。 それより柳は、柳生が自分が女役である事に疑問を抱かないのが不思議だった。それもおそらくは本番行為まで及ばずとも触る程度はしているだろうから、自然とそうなるよう仁王が仕向けているのだとは思うが。 用意周到なのだ、詐欺師と呼ばれるあの男は。 「比呂士の心が決まれば、後は雅治に任せておけば大丈夫だ。アイツはお前を大切に思っている」 きっと仁王は色々と準備をしているだろう。ゴムもローションも、抜かりない。柳生が初めてである事は重々承知だろうから、痛くはしないはずだ。 それに比べて──と柳は自分の思い人の事を考えると、無意識のうちに溜め息をついていた。 「柳君?」 「ああ、悪いな。少し考え事をしていただけだ。そうだ、比呂士」 「はい?」 「少しだけ素直になれ。甘えてみろ。アイツなら受け入れてくれる」 「……はい」 「そうだな……今度お前に良い物をやろう」 「良い物、ですか?」 「あぁ、姉から貰った物だが……」 「柳さん──!!」 振り向けば、赤也がそこにいた。部活が終わったばかりなのだろう。急いで着替えた様子の制服のボタンが掛け違えていた。ネクタイもしていない様が、なんだか赤也らしい。 「部活終わったッス!!」 「そうか。しかしそんなに急がなくても……」 「早く柳さんに会いたかったんです」 笑顔でそう言われてしまえば、もう言い返す事はできない。苦笑した柳がその髪を撫でると、赤也は嬉しそうに笑った。 「じゃあ柳君、私はこれで」 「そうか。ではあとでメールする」 「はい。ではまた。切原君も」 柳生の背中を送りながら、こっそりと手を繋いでくる赤也の手を柳は握り返す。 「何の話してたんスか?」 「弦一郎が年相応の顔になるにはどうしたら良いのか、と」 「……アンタ等がそれ言うんスか?」 「何か言ったか、赤也?」 「いや、何も言ってないッス!!」 適当に返しながら、改めて思い出したのは自分の初めての時の事。 余裕の無かった赤也に押し倒されて、そのままなし崩しに最後までしてしまった。 赤也は夢中になって目の前の事しか目に入っていなかったのだろう。ゴムもローションも無しで、十分に慣らしもせずに挿入されたものだから、酷く痛かったのを覚えている。 けれど柳にそれを責める気持ちは無い。 終わった後で赤也は自分の失態に気付いたのだろう。泣きながら平謝りされてしまった。 しかし何より、やはり赤也の事が好きだからだろうか。赤也の事が好きだから、その無邪気な笑顔を見れば許してしまう。 そういえば柳生は自分達がずっと以前から付き合っていると思い込んでいるような口振りだった。実際に付き合い始めたのも初めて身体を重ねたのも、実は最近の事だと知ったら柳生はどんな顔をするだろうか。 「そうだ。柳さん、コレ」 カバンの中をごそごそとあさり赤也が取り出したのは、元はキレイにラッピングされていたであろうピンクの小さな包み。グチャグチャなその有り様に、うわぁ、と呟いて、赤也は申し訳なさそうにそれを差し出した。 「家庭科で作ったんスけど……」 「同じ班の女子が大半は作ったのだろう?」 「え、なんで分かるんスか!?」 「分からないと思ったのか?」 ラッピングも女子がやったのだろう。赤也がやったにしては、選択が可愛すぎる。 それでも赤也からのプレゼントというのが嬉しくて、柳は笑みを浮かべた。 「じゃあ今から家に来ないか? 一緒に食べよう」 家に誘えば、途端に機嫌が良くなったのだろう。赤也はいつもの笑顔を見せて、柳の隣を歩く。 今日の部活はどうだったとか、氷帝との練習試合がどうとか、そんな他愛もない話を聞きながら、柳は柳生の事を思う。 あとでメールはするものの……さて、あの紳士にアレができるのだろうか。 |