思った以上に遅くなってしまった。

明日は卒業式という事でその主役である自分達に準備等は無く、早めに帰れるはずだったのに──腕時計を見ながら、柳生は溜め息をついた。

時刻は17時を過ぎている。バレンタインのお返しを女の子達に配っていたらこんな時間になってしまった。

単に渡すだけならこんなに時間は喰わないだろう。柳生の場合、女の子達の特に意味の無い長い話もきちんと聞くからこんなに遅くなってしまう。

ともかく予想以上に待たせてしまった。先に帰ってはいないと思うが、機嫌を損ねてしまったかもしれない。

そんな事を考えながら、柳生は待ち合わせ場所である資料室へと向かった。いつもは図書室で待ち合わせるのだが、あの場所だと十中八九例の彼女と鉢合わせしてしまう。

だから今日は、その真下にある資料室で待ち合わせている。人の出入りが少ない資料室は、待ち合わせには好都合だった。


「お待たせしました、仁王君!!」


夕陽が差し込んでオレンジ色に染まった室内。中央にあるテーブルに、仁王はいた。

ただし。


「仁王君?」


近づいてみても、反応は無い。仁王は自分の腕を枕代わりに、眠っているようだ。


「待たせてしまいましたね、すみません」


起こさないよう小さく呟いて、柳生は仁王の隣に座った。

今日はホワイトデーだった。もしかしたら例の彼女に一段と付きまとわれて疲れているのかもしれない。下校時刻も近いが、もう少しだけ寝かせてあげたいと思った。

とはいえ今日は本を持ってきていない。特にやる事もなく隙を持て余してしまった柳生は、ふと仁王を見やって自分の胸が高鳴るのを感じた。

整った端正な顔立ち。

夕陽に反射して輝く銀髪。

閉じられた目蓋の奥にある、全てを見透かすような金色の瞳。

男の自分から見ても、仁王は美形だと分かる。女の子達が騒ぐのも無理は無い。

その学校でもトップクラスのイケメンが、自分のような男に惚れていると知ったら彼女達はどんな顔をするのだろうか。

あまり良い顔はしないだろうが、それでもそれが事実だと思うと、何となく優越感を覚えてしまう。

触れると意外にも柔らかい髪をそっと撫でて、柳生は呟いた。


「好きです、仁王君……」

「それ、俺が起きてる時に言うてくれんかの?」


突然、手首を掴まれた。

驚く柳生の目の前で、仁王は眠たげにまばたきをする。それからいつもの三白眼が、柳生を正面から捉えた。


「ほら、やーぎゅ?」

「……っ」


言えと言われて、言えるわけがない。

目を逸らして誤魔化すようにメガネを押し上げる柳生に、仁王は仕方ないとでも言うように溜め息をついた。

それから不意に唇を掠める、仁王のそれ。


「バレンタインのお返しじゃ?」

「お返、し……?」

「バレンタインに可愛い柳生を見せて貰ったからのう。アンアン鳴く柳生は……痛っ!!」

「調子に乗るのはやめたまえ」


言ってからハッとする。

これだからダメなのだ。せっかくの……そう、せっかくのホワイトデー。柳が言うところの「素直になる」きっかけになるというのに。


「んじゃあ帰るかのう……柳生?」

「え……?」

「どうしたんじゃ? ぼーっとして」

「いえ、別に。さて、帰りましょうか?」


平静を繕って、仁王の後に続く。

全く自分の素直の無さには呆れてしまう。仁王といるとほとんどの場合は半ば条件反射のようにそんな態度を取ってしまうから、どうしようもない。これは本気で柳の言うとおりにするしかない──気がする。

そんな事を考えながら、柳生は仁王の背中を追いかけた。







…to be?

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