眼下に広がる夜景に目を奪われる。

奥に広がる海が月に照らされて美しい。

夢のようなこの時に、仁王は実感が無かった。元よりこんな高級ホテル、縁の無い場所。夜景は素晴らしいし、広く豪華な部屋は初めてだ。

いや、それよりも──と考えて、仁王は深く溜め息をつく。

一体どういうつもりだろうか。柳生と二人きりで一晩過ごすとなれば、我慢できるとはとても思えない。この前のように怯えさせたくもない。

理想と現実が交差する。

何故頷いてしまったのだろう。自分の理性が一体いつまで保つのか……


「夜景、気に入りましたか?」

「おん」

「私も好きなんですよ、ここから見る夜景は。だから仁王君に見せたかったんです。本当はもっと上の階が良かったのですが、生憎……」


夜景がプレゼントとは、ロマンチストな柳生らしい。加えてセミスイートというこんな豪華な部屋まで付いているのだから、異性ならば簡単に堕ちてしまうだろう。天然たらしも良いところだ。


「十分じゃ」


隣に並んだ柳生を抱き寄せて、額にキスをする。シャワーを浴びたばかりだからだろうか。バスローブ姿とその身に纏うシャンプーの香りが、妙に色っぽく仁王を誘う。

拷問。程良く心地良いはずの香りも、今の仁王には拷問にしか思えなかった。

それに──……

柳生を抱き寄せたままチラリと見やった先には、ベッドがある。いかにも高級で寝心地の良さそうなキングサイズのベッド。それが1つだけ。

ツインの部屋が取れなかったのか、特に考えもしなかったのか、それとも敢えての事なのか──真意は分からないが、つまり今夜はあのベッドに柳生と共に眠る事になるのだろう。そうなればそれはただの地獄だ。極上の餌を前にしながらひたすら“お預け”を喰らっている犬と同じ。

今からでも帰ろうか……と一瞬考えたが、幸せそうな笑みを浮かべて手を絡ませてくる柳生を見れば、そういうわけにもいかなくなる。それにそうやって慣れないながらも柔らかく絡んでくる柳生は、可愛くて仕方がない。この柳生ともう少し一緒に過ごしたいとも思う。


「冷めちゃいましたね、身体」

「ん? あぁ」


柳生より先にシャワーを浴びた仁王の心配をしているのだろう。

仁王の手に触れながら、柳生は問うた。


「寒くないですか?」

「暖房が効いてるからな、平気。それとも柳生が暖めてくれるかの?」


からかうように言って柳生の腰を抱き寄せれば、その身体が硬直する。しかしぎこちないその手が仁王の背中に回ったのは、次の瞬間だった。


「良いですよ」


包み込むように、柳生は仁王を抱きしめた。シャワーを浴びたばかりでまだ暖かい自分の体温を分け与えようと、より身体を密着させてくる。

マズい。

この展開は非常にマズい。なにしろこの前怖がらせてしまったばかりなのだ。また怯えさせて嫌われてしまっては元も子もない。

なのに柳生はまるで気にしてない風で、これで少しは暖かくなりますか?、なんて聞いてくる始末。いや、ほんのり頬を染めているような気もするから、恥ずかしい気持ちを抑えて暖めてくれているのかもしれない。

そうだとしたら健気で可愛い。

しかし、それはそれ。バスローブの下では既に仁王自身が僅かに主張し始めている。気付かれるのは時間の問題。そうなる前に、やはり離れなければ──焦る仁王の頬を突然、柳生の両の手が包み込んだ。


「──っ!?」


柔らかいものが、仁王の唇に触れる。目の前にはぼやけた柳生の顔。

僅かに思考が止まった後、それが柳生の唇だとようやく分かった。


「……どうした? 珍しいのう」


やはり恥ずかしいのだろう。俯いて柳生は答えない。

しかし俯いたまま、柳生はゆっくりと仁王の手を取る。されるがままになっていると、直後に跳ねたのは平静を装っていた仁王の心臓だった。


「私も……暖めてください」



自らのバスローブの中に仁王の手を導き、消え入るような声で言った。触れた手のひらから、柳生の鼓動とぬくもりが広がる。とっさに引こうとした手が、乳首に触れた。


「ん……っ」


ただでさえ赤くなっていた頬が、見る間に染まっていく。

恥ずかしさのためか柳生は俯いたまま、しかし離れようする仁王の手を掴んで離さなかった。


「ぁっ、ん……っ」


仁王の左手が彼の意に反して動く。手のひらで乳首を転がし、指先でそれを弾いた。

その度に柳生は艶やかな反応を示す。ある意味では一人でするに等しいその行為を、柳生はやめようとしなかった。

柳生の潤んだ瞳が、仁王を見つめる。


「暖めてくれないんですか……?」

「反則じゃろ、柳生。俺、我慢しとったんに」

「クリスマスプレゼント……私じゃダメですか?」

「途中で止めて言うても止めてやれんぜよ」


不意に仁王の温かい指先が、柳生の乳首を弄ぶ。ただし、今度は仁王の意思で。


「……っ、言いません。言わないから……ぁっ、嫌いにならないで……っ」


あぁ、つまりそういう事か──内心で理解した仁王は、それ以上の言葉を言わせまいと唇を奪う。おかしいとは思っていた、いろいろと。

そう、いろいろと。



※ ※ ※



「……んっ、……ぁっ、ぁぁっ」


白いシーツに映える、柳生の紅潮した身体。

身を捩って手を噛む柳生の手を取る。声を抑える事ができなくなった柳生は、それでも抑えようと控え目に喘いた。

初めての快楽に耐えようとギュッと目を閉じ、時に困惑しながらも逃げようとはしない。

勃ち上がった柳生自身に触れてゆるゆると擦れば、刺激が強かったのだろう。驚いたように柳生は目を見開いた。


「にお、君……っ、ダメ……おかしくなっ……ぁあっ」

「気持ち良すぎておかしくなる? 可愛いのう、柳生は」

「ぁっ、ぁっ、……ゃ、嫌っ、仁王君……っ」

「我慢せんで良いぜよ、やーぎゅ」

「ゃ、だめ……っ、あぁぁっっ!!」


首を振りながらも吐き出された欲は、柳生自身と仁王の腹を汚した。

イった余韻に浸っているのだろう。恍惚とした表情で宙を見つめている柳生は、今にも食べてしまいたくなる。中途半端に開いた唇が色っぽい。

そんな自分の内側から迫り来る衝動をなんとか抑えて、仁王は柳生のバスローブを整えると優しく抱きしめた。


「仁王……君……?」

「まだ怖いんじゃろ?」


その言葉にビクッと反応した身体が、仁王から逃れようと身を捩る。離さないように強く抱きしめて、仁王は続けた。


「別にセックスできんからち嫌いにはならんぜよ」

「……」

「俺はそこまで最低な男じゃないつもりじゃ」

「……知ってます。仁王君は優しい人です。でも頭では分かっていても心がついて行かなくて……嫌われたくないんです」


仁王の誕生日に柳生が行為を拒否して以来、柳生の態度は変わった。ルールを忘れて人前で抱きついても何も言わなくなったし、引き離す事もない。誰もいなければ外でキスをしても怒られないし、柳生から手を繋いでくる事も増えた。何よりも「好き」と口にする事が多くなった。

あの時拒否した事で仁王の気持ちが自分から離れる事を恐れたが故の事。罪悪感が、柳生をそうさせた。


「俺の気持ちは最初から変わらんぜよ。好きじゃ、柳生」

「……仁王君だって同じじゃないですか」

「……?」

「仁王君だって、また拒否されて嫌われるのが怖かったんでしょう? だからこういう雰囲気になるの、避けてたんですよね?」

「柳生……」

「私だって嫌いにはなりませんよ」


結局は二人共同じ気持ちだったのだ。好きという気持ちも、嫌われたくないという気持ちも。

苦笑して、仁王は柳生の隣に寝転がった。


「素直な柳生も、少し意地っ張りな柳生も、真面目な優等生面して他人を騙す柳生も……全部好きじゃ」

「貶してるんですか? 貶してるんですよね?」

「誉め言葉じゃ。普通の奴じゃ俺の相手は無理じゃろ」

「私は普通です。常識人で──」

「良いからもう黙りんしゃい」


もう一度抱きしめて、柳生の唇を自分のそれで防いでしまう。

触れ合った箇所から感じる温かさが、二人を包み込んだ。


「ゆっくり受け入れてくれれば良いナリ」


安心させるように耳元で囁くと、柳生が僅かに頷くのが分かった。

こんなにも一途で一生懸命な柳生を、嫌いになれるわけがない。むしろ増した愛おしさに苦笑して仁王が更に強く抱きしめると、それに応えるように柳生も抱きしめてくれる。

ゆっくりで良い。ゆっくり、柳生のペースで受け入れてくれれば良いから──そんな事を思いながら、仁王はこの幸せを噛みしめた。






…to be valentine ?


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