クリスマス。街はそれらしい音楽が響き、鮮やかな装飾が華やかな時。行き交う人々は白い息を吐きながら、プレゼントを片手に大切な人の元へと急いでいる。 コート上の詐欺師と呼ばれる仁王も、その一人だった。 せっかくだからどこかへ出かけませんか?──そう言ったのは柳生で、仁王に断る理由など無かった。元より仁王も柳生を誘うつもりでいたのだから。 そういうわけで待ち合わせ。場所はいつもの喫茶店。この時期に外での待ち合わせは寒いからと、仁王が指定した場所だ。 プレゼントは準備した。好みは把握してるし、欲しい物も事前調査済みだから気に入ってくれるだろう。情報源が柳だったため少し高くついたが、仕方ない。ついでに金額的にも少しだけ奮発した。 ディナーは行きたい場所があるらしく、柳生が予約してくれているから問題無い。既に冬休みに入っているから、多少遅くなっても構わない。とはいえあまり遅くならない程度に帰すつもりではあるが。 抜かりはない。全ては柳生と楽しいクリスマスを過ごすため。そのためだけに、仁王は早くから準備していたのだ。 「──なのになんでお前がここにおるんじゃ……?」 「そこで柳生と偶然会ったの。聞けば仁王と出掛けるって言うし、じゃあ私も暇だから一緒に行こうと思って来ちゃった」 「来ちゃった」じゃないぜよ、アホ──仁王は舌打ちをして、あからさまにそっぽを向いた。 だいたい柳生も柳生だ。何故彼女に素直に言ってしまったのだろうか。いや、柳生の事だから何の考えも無しに正直に言ってしまったのだろう。 恨みの気持ちを込めてチラリと睨めば、柳生は申し訳なさそうに苦笑した。 「男二人でクリスマスなんて寂しいじゃない。私がいるだけで華やかになるわ」 「華なら柳生がおるから十分」 「ねぇ、仁王。何にする? 私のオススメは紅茶なんだけど……」 「柳生」 「ケーキとか食べない?」 「柳生」 「恥ずかしがらなくても良いのに……じゃあ私が適当に頼むわね」 お決まりの話の成り立たない会話。 いつも通りとはいえせっかくの休日、それもクリスマスに、何故こんな奴とこんな会話をしているのか──仁王はそれが不思議で堪らない。 そしてこれまたいつも通りに話を聞き流していると、隣の柳生が溜め息をつくのが分かった。 「すみません、手を洗ってきます」 「え? ちょっ、待ちんしゃい柳生!!」 「はいはーい。いってらっしゃい、柳生」 彼女はにこやかに柳生を送り出す。対する仁王は絶句するしかなかった。 まさかこの状況で放置されるとは思わなかった。自分が彼女を苦手としている事は柳生だって知ってるはず。ついに見放したか、この似非紳士。 うなだれる仁王をよそにさっさと注文を済ませた彼女は、悪気のない笑みを仁王に向けた。 「二人きりだね」 「気のせいじゃろ」 「柳生ってちゃんと空気読めるんだ」 「全く読めとらんぜよ」 「前から思ってたんだけどさ、なんで仁王と柳生って仲良いの? 性格だって真逆でしょ?」 「お前は柳生の事知らんのじゃ」 「どういう意味よ?」 「柳生が似非紳士じゃって話」 知る必要もないがの、と仁王は小さく呟く。 「んー……それよりさ、二人でどっか行こうよ。せっかくのクリスマスだし……ね?」 「断る。俺は柳生と出掛けるんじゃ」 「柳生いないじゃん」 「手洗いにいったじゃろ」 「アレ嘘だよ?」 「は?」 「私が柳生に頼んだの。仁王が来たら席外して……って」 「お前……」 「だから行こうよ、仁王。彼女とのクリスマス、良いでしょ」 「……クリスマスは彼氏彼女と過ごすのが定義って事か?」 「そうそう」 「その定義からするとやっぱり俺は柳生と過ごさなならんのう」 「……なんで柳生?」 「俺が付き合いよるのは柳生じゃからのう……と、誰じゃ?」 テーブルに置かれていた仁王のケータイが鳴った。ディスプレイには、“柳 蓮二”の文字。 ナイスタイミング!!──いやしかしタイミングが良すぎる。相手があの柳だから、なおのこと怖い。一瞬考えて、仁王はケータイを手にして席を立った。 「誰?」 「柳。悪いけどちょっと行ってくるぜよ」 言葉だけの謝罪に、彼女は笑顔で送り出す。 柳が何の用か分からない上にどこか引っかかるが、ともあれこれで彼女からは離れられる。仁王は足早に店から出ると、駐車場側の植え込み付近に落ち着いた。 「何じゃ、参謀」 『大変だ、雅治。事件だ』 「……は?」 『お前、今どこにいる?』 ケータイの向こうから聞こえてきたのは、切羽詰まった柳の声。普段冷静な柳が、珍しい。 「喫茶店の……駐車場」 『そうか。とりあえず外にいるんだな? 安心したぞ、雅治』 「何の話じゃ」 『落ち着いて聞け、雅治。お前が座っていた席には実は爆弾が仕掛け──』 反射的に切ってしまう。 さて、三強の一人は中二病だっただろうか?いや、彼等の存在そのものが中二病みたいなものだから、それもおかしな話ではあるが。 考える仁王の手の中で、またもケータイが鳴った。 『いきなり切るな。俺はお前を心配して言ってるんだ』 「黙れ中二病」 『中二病だと? 失礼な。お前達がいた席には爆弾を仕掛けていたから忠告してやったというのに』 「お前じゃな? お前が仕掛けたんじゃな? 分かった、俺ちょっと通報してくるわ」 『待て、雅治。話せば分かる。あと今お前がいる場所にも爆弾が──』 「だから黙りんしゃい、中二病!!」 ※ ※ ※ 「おや、仁王君はどうしました?」 席を立ってからさほどしないうちに戻った柳生は、そこに仁王がいない事に気が付いた。 「電話してる。柳からだって。せっかく二人きりになれたのに、柳ってばタイミング悪すぎ」 窓の外を見やれば、駐車場の隅に仁王の姿があった。窓を背にしている彼女からはおそらく見えないだろうが、ケータイを片手に一人百面相をしている仁王はなんだか面白い。一体柳とどんな話をしているのだろうか。 僅かに笑った柳生は席には着かず、当然のように伝票を手にした。 「そうですか、それは残念ですね。では私は今のうちに失礼しましょうか」 「あぁ、いいよ。伝票は置いてて。さすがにそれくらいは私が出すから」 「いえ、私がお支払いします。私からのクリスマスプレゼントと言う事で」 「さすがは紳士様……じゃあお願いするわ。こっちの頼みも聞いてくれたし、柳生には今度何かお礼するね」 「お気になさらず。それでは失礼します」 にこりと笑って、レジへと向かう。 何故だろう。彼女と過ごしたのは短時間であるのに、妙に疲れてしまった。これが毎日というのだから、仁王はさぞ疲れている事だろう。 支払いを済ませて外に出た柳生の目に、未だケータイを片手に話している仁王の姿が見えた。仁王は気付いていない。 苦笑しながらも柳生は、どこか安心したような溜め息をついた。 |