放課後。担任教師に呼び出された柳生を、仁王は図書室で待っていた。柳生の事だから手伝い等で呼ばれたのだろう。いつもの事だ。

だから慣れている。そして今のこの状況も、否応無しに慣れてしまった。


「もう、聞いてるの!?」

「おー……」

「聞いてないじゃない。せっかく私が話してるのに」


話してくれと言った覚えは無い。突然現れて一方的に話を聞かされていただけだ。もっともそれすらも、右から左へと流れている状態なのだが。

それよりも大切なのは柳生との放課後デートのプラン。柳生が気に入っているカフェに行くとか、カラオケとか、いろいろ考えはしたが既にあまり時間が無い。

結果として辿り着いたのは自分の部屋、もしくは柳生の部屋でのデート。周りを気にしなくて良いし、柳生次第ではあるが恋人らしい事もできる。シンプルで一番良いプランだ。


「だからね仁王、私は……」

「──悪いが少し静かにしてくれないか?」


まとわりつくいつもの彼女は、まだ一人で話していたらしい。本棚の奥からの静かな、しかし苛立ちを隠さない忠告が、その声を断ち切った。


「参謀。お前おったんか」

「お前達より先にいた。それにしても声が大きすぎる。少し静かにしてもらえないか?」

「そんなに大きくないわよ。だいたいなんで柳にそんな事言われなきゃいけないわけ?」

「しかし廊下にまで聞こえていましたよ。図書室ではお静かに──基本ですよ?」

「おー、お疲れさん柳生」


今来たばかりなのだろう。鞄を抱えた柳生は、苦笑しながらそこに佇んでいた。


「大袈裟な事言わないでよ。これだから真面目な奴って嫌い。行こう、仁王」

「お前さん一人で行きんしゃい。俺はもう少し残る」

「えー? じゃあ私も残る!!」

「なら俺は帰る。行くぜよ、柳生。参謀もそこまで一緒にどうじゃ?」

「……そうだな。そうしよう」

「何それ、酷い!」


喚く彼女を置いて、三人は並んで図書室を後にする。こんな仕打ちを受けても諦めないのだから、図太いというか、往生際が悪いというか。

疲れたように溜め息をつく仁王に、隣を歩く柳生と後ろにいた柳は苦笑した。


「モテる男は大変だな、雅治」

「俺に言い寄るのは尻軽ばかりじゃ」

「お前自身がそんな見た目をしているからな」

「前から思いよったが……参謀、お前酷い事サラッと言うよな」

「誉め言葉と取っておこう」

「誉めとらんて。それに……」


不意に仁王は、柳生の腕を引く。驚く柳生のその唇を掠め取った次の瞬間だった。


「──ぎゃっ!!」

「悪いな、雅治。足が滑った」

「痛……っ、お前わざとじゃろ、参謀!!」

「悪かったと言っているだろう。いや、本当に申し訳ない」

「目が楽しそうに笑っとるぜよ」

「気のせいだろう。そうだ、俺からの誕生日プレゼントだと思えば良い。前向きに考えるべきだ」


何事も考え方次第だ──そう言う柳の背後からの蹴りは、全く遠慮が無かった。容赦ない蹴りは例えようの無い痛みを仁王に残す。

前々から思ってはいたが柳は全てに容赦がない、自分に対しては。柳生には甘いくせに。


「さて、俺はそろそろ失礼しよう。邪魔者はいらないだろう? しかしさっきは助かった。アイツと二人で残されたら俺はお前の息の根を止めてしまうところだったぞ」

「怖い事言いなさんな。けどこっちこそ助かったぜよ、参謀。じゃあな」

「ではまた明日、柳君」

「あぁ」


昇降口を出たところで柳とは別れた。校門に向かう仁王達とは逆に、柳はテニスコートのある方へと歩き始める。

おそらくはテニス部に顔を出すのだろう。後輩の指導のためか、あるいは……


「赤也に会うためかのう……」

「何か言いましたか?」

「いや、別に」

「そうですか。しかし災難ですね、仁王君。聞きましたよ、毎日毎日お迎えがあるそうで」

「妬いた?」

「全く相手にされていない彼女にどうして嫉妬しなければならないんですか。迷惑だとは思いますが」

「他の奴相手なら妬くんか?」

「さぁ、どうでしょう? ところで仁王君」


メガネを中指で押し上げて、柳生は続ける。


「先程のあれは何です? 約束、覚えてますよね?」

「……」

「仁王君?」

「スミマセンデシタ」


つきまとう彼女への苛立ちと、単純に柳生へのイタズラ心が先行してついうっかりしてしまったが、そういえば柳生に突きつけられたルールがあった。全てを知っている柳の前とはいえ、破ったも同然。

ここは素直に謝っておくのが得策だろう。もしかしたら三行半を突き付けられてしまうかもしれないが。

内心でビクビクしながら柳生を一瞥すると、柳生はあからさまな溜め息をついた。


「まぁ……今日のところは許しましょう。仁王君の誕生日ですしね」

「柳生……!!」

「しかし次にやった時は遠慮しませんよ、仁王君?」


頷きながら肝に銘じる。が、正直ルールを守れるかは分からない。

好きな奴が近くにいればそれらしい事をしたい。せめて手くらい繋ぎだいのだが……それも柳生は許してはくれない。しかしそれはまぁ納得できる。何故なら自分達は“男同士”だから。二人きりの時なら許してくれるだけ、柳生相手ならば良しとすべきかもしれない。

とはいえもう少し、もう少し先へ進みたい。

そんな下心を隠しながら、仁王は先程考えたデートプランを提案した。










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