デスクに置いた“教材”を手にして出たのは、深い溜め息。仕事だと割り切ってしまえばそれまでなのだが、どの仕事よりも気が滅入る。

憂鬱以外の何物でもない気分を振り払うように、柳生は壁にかけたスケジュール表に目を向けた。

あと3日。あと3日は時間がある。それまでに覚悟を決めて、準備をしなければ──……


「失礼しまーす」

「ひっ!!」


声と共に、保健室のドアが開かれた。驚いた柳生がビクッと肩を揺らしてそちらを振り向けば、見慣れた銀髪が目に飛び込んでくる。


「何じゃ。驚きすぎじゃろ、柳生センセ」

「仁王くん……」

「おん。柳生センセの大好きな仁王くんぜよ」

「冗談はやめたまえ。……というか仁王くん、貴方授業はどうしたのですか?」


時刻は14時を過ぎたところ。5限目の真っ最中だ。普通ならばこの時間、仁王は授業を受けているはず。

手にしていた物を後ろに隠しつつ、柳生は問うた。


「腹痛いっちゅう事で抜けて来たナリ」

「サボタージュはいけません。戻りたまえ」

「嫌じゃ。真田の音楽なんか受けてられるか。アイツ『キェーッッッ』とか言うんじゃよ? おかしいじゃろ、普通に」

「おかしいって……真田先生は真面目な良い先生ではありませんか。確かに奇声を発する事もありますが……」

「だいたいなんでアイツ音楽教師になったんじゃ? 似合わん。それにな、音楽室の向かいの下って美術室なんじゃ」

「えぇ、そうですね」

「美術室からな、黒いオーラが見えるんじゃ。あ、俺痛い子じゃないぜよ? でも見えるんじゃ、不思議な事に」


黒いオーラの出どころは、考えるまでもなく美術教師である幸村だろう。「音楽の授業自体は良いけど真田の奇声が煩い」という愚痴を、以前聞いた事がある。

不機嫌な同僚の姿を思い出して、柳生は思わず苦笑した。


「事情は分かりました。ですが授業を抜ける理由にはなりませんよ、仁王くん」

「そういう柳生センセは何してたんじゃ?」


えらい驚いとったしのぅ、と言いながら、仁王は柳生を見やる。一歩一歩近付いてくる仁王から目を離せず、柳生はそのまま後退りした。

マズい。今手にしている物を見られたら、確実に仁王は悪ノリするだろう。絶対に、見られてはならない。


「何を隠しとるんじゃ?」

「何も隠してませんよ。ほら、戻りなさ……っ!?」


諫めようとした柳生の腕が、急に引っ張られる。突然の事にバランスを崩した彼を、次の瞬間には心地良い暖かさが包み込んだ。


「俺と先生の仲じゃろ?」

「どんな仲ですか……あ、こら!!」


しまった、と思った時にはもう遅い。抱きしめられて呆けていた柳生の手からソレを素早く奪った仁王の眉が、訝しげに寄せられた。


「何じゃこれ……ゴム?」


柳生が必死に隠そうとした物、それは俗にゴムと呼ばれる避妊具。

保健医であり普段は授業を行わない柳生が、年に一度だけ受け持つ授業──それが性教育の授業だ。男女の身体の違いから子どもが出来るまで、そして避妊の仕方まで教えなければならないこの授業が、最近多くなった溜め息の原因である。

高校生というのは思春期真っ只中の多感な時期であり、この手の話題に妙に食いつく。露骨な質問、あるいはを教育者自身に関する質問をする生徒もおり、比較的綺麗な顔立ちで「そんな事しません」といった雰囲気の柳生は彼等の絶好のターゲットとなる。「先生が初めてセックスしたのはいつですか?」「むしろヤッた事あるんですか?」や、「実際どうやるんですか?」などの質問は毎度の事だ。

そして目の前の銀髪の彼──仁王雅治がその類の生徒である事は明白。彼の口元が、不敵に笑みを形作ったのが分かった。


「そういえば明後日の保健の授業、柳生先生じゃったな? これ、使うん?」


高々と掲げられたソレを見て、柳生の顔が見る間に赤く染まっていく。こういう反応をするから生徒にからかわれるのだとは分かっているが、どうしようもない。


「なぁセンセ、どんな授業するん? まさか実演?」

「実演って……そんな事!!」

「先生の実演なんて皆喜ぶじゃろなぁ」


含み笑いを浮かべた仁王が、柳生を正面から見つめる。その腕が柳生の腰に回され、再び抱きしめられた。


「けど、先生が実演してみせるのは俺の前だけじゃろ?」

「仁王くん……」


自分の胸が高鳴るのが分かる。相手が生徒である事は分かっているが、この気持ちだけはどうしようもない。

仁王の背中に腕を回して、柳生は瞳を閉じる。そうするのが自然であるように、仁王の唇が柳生のそれに触れた。

仁王のキスは巧みで甘い。どこで覚えたのかは知らないが、柳生が感じる箇所を舌で的確に触れてくる。


「な、柳生センセ。シよ?」

「……え?」

「5限目終わるまでまだ時間はある。良いじゃろ?」

「え、あ、ちょっ……ダメですって仁王くん!!」


柳生の抵抗には構わず、仁王はその手を取り引っ張って行く。軽くベッドに放り投げると、間髪入れず柳生の身体に覆い被さり、鼻が触れ合うような距離で柳生を見つめた。


「……っ、学校ではダメだといつも言ってるじゃないですか」

「学校の外でもダメって先生は言うぜよ」


心配しなさんな、と仁王は続ける。


「鍵はかけたナリ」

「そういう問題では……っ!!」


僅かに動いた指先が、服の上から乳首に触れた。とっさに声を殺した柳生が仁王を睨む。

ククッと笑う彼は、確信犯の目をしていた。


「そうそう。そうやって先生が声出さなきゃ問題ないナリ」


抗議の声を上げようとする度に仁王は感じやすい部分を触れ、柳生をじわりじわり追い詰めていく。

普段は「先生のエッチな声聞かせて」などと言って是が非でも声を聞きたがるくせに──柳生は目に涙を浮かべながら、仁王をキツく睨んだ。

それさえも、次の瞬間には感じきった表情に変わる。外に声が漏れないように、柳生は慌てて自分の口を両手で抑えた。

結局されるがままになってしまい、快感の波に流されて気を失ってしまう。場所が場所だけにそろそろ手加減というもの覚えてほしいが、若さ故か仁王は容赦しない。柳生が気付いた頃には、窓から夕日が覗いていた。

そして例の授業の際、挙手をして「ゴム有りと無し、先生はどっちが好きですか?」と聞いてきた仁王。そのニヤニヤとした顔がレーザービームのような速さのチョークに見舞われたのは、言うまでもない。








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