勤務医である以上、“ソレ”はいつか回ってきます。

仕方ない事なのですが……正直、私はコレが苦手です。初めてではないのですが、苦手なものは苦手。いつまでたっても慣れないものです。


「どうした、比呂士?」

「柳君……」


検査技師である柳君は中学以来の友人で、とてもよくしてくださいます。優しい柳君にいつも甘えてしまうのですが、今回はそういうわけにはいきません。


「悩み事ならば聞くぞ?」

「いえ、大した事ではないのです……まぁ、その……コレ、私の勤務表なんですけどね?」


胸ポケットに入れていた勤務表を取り出して柳君に見せれば、柳君は「あぁ」と納得したように呟いて苦笑しました。


「宿直か」





午前二時






ここは入院病棟をかかえる大病院であるため、多くの患者さんや医療スタッフでいつも賑やかです。とはいえ、それは昼間の話。夜ともなれば辺りは静まり返り、窓の外が真っ黒である事も手伝って不気味以外の何物でもありません。

宿直そのものが苦手というより、私はコレが苦手なのです。元よりお化け屋敷やそういう物が苦手である私が、平気であるわけがありません。

ホラー映画等でよくある『空き部屋からの深夜のナースコール』、アレは本当にあるのです。

かく言う私自身、『どこかから鳴る鈴の音』を聴いた事があります。これはこの病院で昔から噂されているもので、突如として鳴る鈴の音が一体どこから聞こえてくるのかは、未だに分かっていません。ただ分かっているのは、誰かが鈴の音を聴いたその日、あるいは翌日に誰かが亡くなるという事です。

ちなみにこの鈴の音は柳君も聴いた事があるそうです。

まぁとにかくそういう理由がありまして、私は宿直が苦手なのです。


「……とはいえ仕事は仕事。逃げるわけにはいきません」


入院中の患者さんの容体は突然変わります。24時間体制で誰かが詰めなければならないのです。

私ももちろん、腹は括っています。宿直室へ着いた私は、仮眠する事にしました。何かあれば夜勤の看護師さんが教えてくれる手筈になっています。

決して質が良いとは言えないソファーベットに、私は横になりました。日頃の疲れが溜まっていたのでしょう。睡魔に呑まれたのは、すぐ後の事でした。









「……んっ」


それからどれくらい眠っていたのでしょうか。火照る身体の熱さに、私は目を覚ましました。少し息苦しい気もします。

ぼんやりとした頭でとりあえず身体を起こそうとした時の事です。


「え……?」


これは一体どういう事でしょうか。身体が動きません。手足はおろか、指先すら微動だにしないのです。

まさか、とは思いますが……えぇ、まさかとは思いますが……これは“金縛り”と呼ばれるものですか?

かろうじて動いた目蓋を決死の思いで開けてみても、そこにはいつもと変わらない天井が映るだけ。宿直室には私以外の気配はありません。

いえ、一つだけありました。私以外の気配──私の上にある気配が。姿は見えません。ですが見えない何かがそこにいるのは、なんとなく分かりました。

いえ、それよりも──……


「ぁ……っ」


とっさに唇を噛んだため声は出なかったものの、今ドアを開けて誰かが中に入ってくれば私は何と言えば良いのでしょう。今の私はシャツをはだけられ、スラックスも半分脱がされたような状態です。

誰がこんな事を──なんて考えたくないし、考えるまでもありません。私の上にいる“見えない誰か”は、尚も私の身体を弄ります。


「や、やめ……っ……やめてください!!」


動かない身体。
反応する身体。

どちらも私自身でありながら、私の意に反する感覚を示します。

漏れそうになる声を懸命に堪えて、恐る恐る自分の胸の辺りに目を向けました。

白い影が、見えました。

先程までは見えなかった影です。ぼんやりとしたそれは、私の身体の上で乳首の辺りを触れ続けています。


「んっ、ぁ……ダメです、そっちは……!!」


下部に違和感を感じるも、相変わらず私の身体は動く事無く何もできません。全てされるがまま。

見えない手が私のソレに触れて、追い上げようとしています。


──感じやすいのな、お前さん。もしかして初めてじゃった?



不意に聞こえた声に辺りを見回してみますが、やはりそこには誰もおらず、変わりに目の前の白い影が少し濃くなっていました。ただの影だったそれは、今は人の形をしています。



──怖がりなさんな。大丈夫じゃき



大丈夫じゃないです。どなたか存じませんが、貴方が平気でも私は大丈夫ではありません!!

見えない誰かに対する恐怖と、ここが病院である現実と……私の頭の中は様々な事が溢れかえり、半ばパニックに陥りかけています。

それでも人間の身体というのは外部からの刺激に弱く、迫り来る快感には抗えません。


「あっ、ぁ……っ!!」


反射的に漏れた声をまたも押し殺し、代わりに白濁を撒き散らしました。



──抜いとらんかったんか? 本当に可愛いのう



今度はハッキリと聞こえた、見えない誰かの声。しかしそれを気にする余裕など私には無く、ソファーにぐったりと倒れこんだまま宙を見つめました。

相変わらずの、白い影。その影の輪郭がまた先程よりハッキリしていて、その口元で笑みを形作っているのがわかりました。



──またの、やーぎゅ



楽しげなその声に恐怖を上回る苛立ちを覚えて、思いきり睨んでやりました。

それが面白かったのでしょう。楽しげにククッと笑ったその影は、私の額にキスをして消えていきました。




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