好きだと言われたのは突然の事でした。

いつものように部活を終え、いつものように並んで歩き、いつものように家路を辿る。

違った事といえば彼の口数がいつもより少なかったくらいです、それ以外は本当に何も変わらない日だったのです。





「のぅ、柳生。俺な、お前さんの事が好きなんじゃ」





“The Lovers”




青天の霹靂とでもいうのでしょうか? 神様は意地悪です。こういう事は本当に好きな者同士をくっつけるに留めておけば良いのに、そうじゃない者にまで想いを伝える術を与えてしまったのですから。

仁王君は私の友人です。ダブルスパートナーです。それ以上でも、それ以下でもありません。

同性愛というものの存在は知っていましたが、私は至ってノーマル。仁王君と恋人関係になる事はできません。

かといって、仁王君を傷付ける事も私にはできないのです。

困りました。本当に困りました。私は仁王君に何と答えれば良いのか、全く分かりません。


「冗談じゃないぜよ。真面目な話じゃ」

「仁王君……」

「ゆっくり考えて良いから、柳生。ちゃんと待つき」


じゃあな。また学校で──そう言いながらひらひらと手を振る姿もいつもと変わらず、これが現実なのか、はたまた夢なのか、混乱してしまいそうです。ただ先程まで隣にあったぬくもりは本物で、それが夢ではない事を物語っていました。










「……というわけなのですが、私はどうすれば良いのでしょうか、柳君?」

『それで俺に電話をかけてきたのか……』


世話が焼けるとでも言うように、電話の向こう側から溜め息が聞こえました。

私は何かあると──とりわけ自分ではどうしようもない事があると、その度に柳君に助けを求めてしまいます。友人達の中でも一番仲が良い事もありますが、一番的確なアドバイスをくれるからです。柳君はどこか達観している部分があります。


「私は仁王君の事は嫌いではないし、むしろ好きです。隠れて様々な努力をしている姿は本当にかっこいいと思います。ただそれは……」

『恋愛感情ではなく友情。俺や精市達に対する物と同じ、という事か?』

「はい。ですが仁王君を傷付けたいわけでもないですし……」

『──それは違うぞ、比呂士』


私の言葉を遮るように、柳君は言いました。


『罪悪感は愛ではない。罪悪感は必要ないんだ、比呂士。雅治ではなく、お前自身と向き合え』

「私自身と……?」

『自分が相手の立場だったらどうしてほしいかを考えてみろ。その結果雅治が傷付いてもそれは雅治の問題であってお前の問題ではない。そこを間違えてはいけないな。雅治の問題をお前が解決してやることはできないんだ。きちんと受け止めて踏み台にしてくれることを信じろ。最終的に決めるのはお前であり、雅治だが……自分を責めるな、比呂士』


包み込むような、優しい口調でした。










翌日、仁王君に自分の気持ちを伝えました。偽る事無く、正直に。

仕方ないな、とでも言うように苦笑した仁王君は、私の髪をくしゃくしゃに撫でながら、ありがとう、と言いました。

その後も何も変わる事はなく、相変わらず一緒に帰ってくれました。いつも通り笑ってくれる仁王君に、私は少なからず安堵しました。仁王君が前に進んでくれるなら、嬉しい限りです。

それからさほど経たないある日の事、教室から見える裏庭に仁王君の姿を見つけました。なにやら難しそうな顔をしています。

それからすぐ後に、私と同じクラスの女子生徒が来ました。つまりはそういう事です。窓を閉め切った教室からでは声は聞こえませんでしたが、まず間違いないでしょう。

なんとなく、面白くありません。

それでも目を離す事ができずにいると、しばらくして仁王君が何かを言って、女子生徒が俯いてしまいました。おそらくはお断りしたという事でしょう。仁王君は私の事が好きなのですから、当然といえば当然です。


「あ……」


直後に目の前で起きた出来事に、思わず声を漏らしてしまいました。告白をしたであろう女子生徒が、仁王君に抱きついたのです。泣きながら首を振る彼女に、仁王君は困り果てています。

諦めが悪いというか、惨めというか、とにかく見苦しい。それに何よりも──……


「……っ!!」


胸に湧き上がったのは、黒い不快感。それに苛立ちを感じ始めた時、彼女が仁王君の唇を奪いました。

これ以上見たくなくて、私はすぐに教室を後にしました。










それから何をするわけでもなく、しかし家に帰る気にもなれず、私は街中をふらふらと歩いていました。

脳裏に浮かぶのは先程の光景。

耳に響くのはいつか私の事が好きだと言ってくれた仁王君の声。

考えれば考える程に胸が高鳴って、同時に胸が締め付けられます。少し前までは知らなかった感情です。何故でしょうか?

いえ、本当は……おそらく分かっています。しかし私にそういう性癖は無いのです。

私は男です。彼もまた然り。有り得ない話であり、あってはいけない話なのです。これは何かの間違い……そう、それこそ一時の勘違いで──……


「何かお困りのようですね、お兄さん?」


路地の片隅で簡易テーブルを開いた女性が、僅かな笑みを携えてそこにいました。肩で切りそろえた黒髪が印象的な、二十代半ばくらいの若い女性です。


「よろしければ……どうぞ?」


手元にあるカードの山に触れながらイスを勧める彼女は、どうやら占い師のようです。ふわりと微笑むその姿が誰かに似ている気がして、私は勧められるがままに座っていました。


「ごめんなさいね。貴方が思いつめたような顔をしていたから、つい声をかけてしまったの」

だからお金はいらないわ──そう言って、彼女はカードの山を崩しました。

基本的に占いは信じる方ではありませんが、何かに縋りたかったのかもしれません。イスに座ったのはその思いが無意識に働いたのでしょう。


「とりあえず貴方自身の──……あら、失礼」


その時、シャッフルされていたカードが一枚、テーブルから落ちてしまいました。


「あらあら……」

「……何ですか?」

「いえ、大した事ではないの。ただ私はこうやって落ちたカードこそ大切にするから」


言っている意味がよく分かりません。

私が思わず首を傾げると、彼女は最初から変わらない柔らかな微笑みのまま、カードを一つの山にまとめ始めました。

その時です。また、カードが一枚、飛び出してきました。


「今日のこの子達はせっかちね。どうしたのかしら?」

少し困ったように微笑むと、彼女は溜め息をつきました。そしてその指がカードの山から外れた二枚を裏返した時、息を飲んでしまったのは私です。


「最初に落ちたのがコレ、“恋人達”。意味はまぁそのままね。愛や可能性を意味するの。他にも直感とかそういう意味もあるけど」

「こちらは……?」

「“ワンドの8”。意味は即決、突然の出来事──……って、ちょっと。どうしたのよ、君!?」


後ろから占い師の方の声が聞こえましたが、構っている余裕はありませんでした。占いの知識はありませんが、その答えはおそらく──……





恋のはじまり




『何じゃ。お前さんがいきなり家に来るなんて珍しいのう?』

「そんな事どうでも良いんです。あの、仁王君、あのですね……」

『何じゃ?』

「私、あの……お断りしておいてなんですが、その……」


『……本当に何じゃ?』





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