23日の朝。 言われた時間に部室に来た俺が見たのは、一枚の貼り紙。たまに時間通りに来てみれば……何じゃ、コレは。 ──23日〜25日まで部活は休みにします。俺に感謝しつつそれぞれ三連休を楽しんでね。By 偉大なる部長 「おや、お休みですか」 いつからそこにいたのだろう。俺のすぐ後ろから、柳生がひょっこりと顔を出した。 「珍しいですね」 「また無茶苦茶言って休みにしたんじゃろ」 誰が、とは言わない。そんなの一人しかいないから。 ところが柳生は。 「いえ、仁王君の事です。遅刻せずに来るなんて珍しい」 「そっちか」 「何にせよ部活が無いのなら時間が余ってしまいましたね」 「そうじゃな」 とりあえず帰って寝るか。せっかくの連休じゃけど、ダラダラ過ごすのも悪くない。 「じゃあな、柳生」 「……どちらへ行かれるのですか?」 「帰るに決まっとるじゃろ。ここにおっても時間の無駄じゃ」 「そうですね」 納得したように柳生は呟いて、そうだ、と続けた。 「仁王君、今日と……明日は空いていますか?」 「まぁ、この調子じゃけぇの」 元々は部活三昧のはずだった三日間。予定なんて組んでいるわけが無い。 「でしたら仁王君」 遠慮がちに、柳生。 ……ん? こんな展開、前にも無かったかの? テジャ・ビュとしか思えない柳生の微笑みに、俺の身体が警笛を鳴らす。 「家へ来ませんか? よろしければ泊まっていってください」 またこのパターンか──!! 「今頃どうしてるんでしょうね、幸村君」 紅茶を片手に、柳生が呟く。 あの後一度家に戻った俺は、荷物を入れ替えて夕方くらいに柳生の家に来た。 「クリスマスデートじゃろ。真田はなんだかんだで幸村に甘いからの」 「仁王君は……良かったんですか?」 「何がじゃ?」 「その、お付き合いしている方と──」 「おらん」 「え……?」 付き合っている奴なんぞ、おらん。嘘偽りの無い真実。 そもそも俺が好きなのは目の前におる天然紳士様じゃからのぅ……。 俺は柳生が煎れてくれた紅茶を口にする。チャイとかストレートとか……さっき柳生が教えてくれたが、俺には正直よく分からん。 ただただ、美味い。それだけじゃ。 「そうですか。良かった……」 「良かった?」 「あ、いえ。こちらの話です」 誤魔化すような笑みに、違和感を覚えるのは当然。 ティーカップを揺らすと、残った紅茶が中で遊ぶ。ずいっ、と柳生に顔を寄せれば、柳生は反射的に顔を引いた。 「良かったって、何がじゃ?」 「あ……いえ、本当に……」 「やーぎゅ?」 更に顔を近付けやれば、柳生の瞳に俺が写る。焦点が合わぬ程の至近距離に、明らかな焦りが窺えた。 「ただその、一人では少し心細かったので……仁王君がいてくれたら寂しくないですし」 納得すると同時に、俺の口から無意識に溜め息が漏れる。 そう、今日と明日は家族が不在らしく──……って、本当に前回と同じパターンじゃ、この野郎。 本日も俺の生殺し、大決定。 分かっているけど寂しげな瞳を見せられると、どうしても放ってはおけないのが惚れた弱み。生殺しの刑確定だと分かっていながら、俺はやっぱり柳生家に泊まるんじゃ。 「そういえば仁王君。これを……」 言いながら柳生が取り出したのは、茶色いリボンが掛けられた白い箱。シンプルにラッピングされたそれを、俺に受け取るよう差し出した。 「誕生日、おめでとうございます。遅くなりましたけど」 「おん。開けて良い?」 どうぞ、と柳生が微笑むのを確認してそれを解けば、俺の口元が自然と笑みを形作る。 箱の中から出てきたのは、背徳のマリアのピアス。燻し銀の色が奥深く、渋い色味が妙に艶やか。 あの日、俺が気に入ったピアス。 「二種類あったのですが、仁王君にはそちらが似合うかと……」 「ありがとな、やーぎゅ。じゃあコレはお前さんに」 柳生の背後に回った俺は、バッグから取り出したソレを紐解いて柳生の首にかけてやる。鎖が小さく鳴って、柳生が不思議そうに首を傾げた。 「クリスマスプレゼントじゃ」 柳生の胸元に輝く銀色──背徳のマリア。柳生が俺にくれたピアスと同じモデルのネックレス。 あのピアスを買ってくるであろう柳生のために、俺が用意したプレゼント──という名の自己満足。はっきり言って品行方正な柳生には似合わない代物だ。 「ありがとうございます。しかし私は……」 「気にしなさんな。俺が柳生にあげたかっただけじゃ」 「ですが……やはり申し訳ないです。後日また何かお持ちしますね」 「いらんから、柳生」 「ですが……」 妙なところで融通が効かんのぅ、紳士様は。入れ替わりとかはするくせに。律儀すぎるというか、何というか……柳生らしい。 眉を下げて申し訳なさそうに佇む柳生は、やけに小さく見えた。本来俺より身長はあるはずじゃが何故だろう、今日の柳生はいつも以上に可愛く見える。 「本当にありがとうございます、仁王君」 ふわりとした柔らかい微笑みが、俺を正面から射抜く。途端に煩くなった心臓を無視して、俺は紅茶に口を付けた。 「仁王君……」 「何じゃ」 「御自分の顔が赤いの、気付いてます?」 「──っ!?」 慌てて顔を隠せば、余程おかしかったのだろう。柳生はクスクスと笑い出した。 平静のつもりでいたのに、これでは罰が悪い。 なんとなく恥ずかしくて、俺は恨みを込めて柳生を睨んだ。 「わ、笑うんじゃなか!!」 「無理ですよ。だって仁王君、本当に真っ赤で、可愛らしい……」 「可愛い!? 誰がじゃ!? 俺が!?」 「可愛いですよ、仁王君」 「だから笑うんじゃなか、柳生!!」 「無理ですって──あ!!」 笑われるのが悔しくて柳生を黙らせようとした時、俺から逃げようとした柳生がバランスを崩した。 傾ぐ柳生に、反射的に伸ばした俺の左手がその後頭部に回る。間一髪、床に頭をぶつける事は無かった。 ほっとしたのもつかぬ間、ハタと止まってしまったのは俺自身。 「すみません、仁王君。ありがとうございます」 距離が近い。 ……というより、ほとんどゼロ。 誘われるように柳生のずれたメガネを外すと、隠れていた吊り目が現れた。意図的ではない鋭い双眸が、俺とかち合う。 その瞬間。 「……っ!?」 柳生が息を飲むのが分かった。 突然の事に固まってしまっている柳生には構わず、俺は柔らかい感触を貪る。触れた唇が、暖かい。 「仁王、君……?」 「クリスマスプレゼント、もらったぜよ」 キスをしたのは無意識。内に抑え込んだ欲がそうした事で、内心で焦りながら俺はニヤリと笑ってみせた。 すると柳生は、俺の気まぐれだと思ったのだろう。途端に俺の手からメガネを奪うと、表情を強ばらせてそっぽを向いた。 「イタズラが過ぎますよ、仁王君」 柳生の身体を起こしてやったら、軽く頭を小突かれた。まるで小さなこどもにそうするように。 「そうやって仕掛けてくるくせに仁王君は肝心なところで誤魔化そうとするんですから……」 柳生が小さく呟いたその言葉は、はっきりと俺の耳に聞こえた。 唇を尖らせて拗ねた様子の柳生が、俺を見やる。 「どうしてですか?」 まっすぐに見つめてくる柳生から目が逸らせなくて、けれど凝視する事もできなくて、俺は苦し紛れに腕を伸ばす。その腕が柳生の頭ごと包み込んで、鼻孔を柳生の匂いがくすぐった。 柳生らしい、石鹸の優しい匂い。 まさかと思った。気付いてなかったのは俺の方で、柳生はずっと俺に訴えかけていたというのか? 俺を家に呼んだのも……俺を誘うような言動も、まさか全部? 柳生は、どうにかして俺に伝えようと頑張ってた? 「ごめん、柳生」 そのまま、俺は柳生を抱きしめた。柳生に嫌がる素振りが無いのを確認すると、少し強く抱きしめる。 「ごめんな」 柳生の腕が背中に回されて、俺は心から暖かさを感じた。柳生の匂いを胸一杯に吸い込みながら、思い出したのはいつか参謀が言っていた言葉。 ──案外、鈍いのはお前の方だと思うがな。 あぁ。その通りかもしれん、参謀。 嬉しい気持ちと悔しい気持ちが混ざり合って、苦笑するしかない。 恥ずかしそうに俯く柳生の顎を掬うと、俺はその唇に静かにキスをした。 Merry Christmas! |