「ジャッカル君、アレ……何だと思います?」

「何って……」


隣を歩いていた柳生が突然空を指差す。ちょうど部室がある方向の空だ。

ふわふわと舞い上がっていくソレは、キラキラと輝く半透明の宝石。



シャボン玉




「これはこれは……また可愛らしい事をしていますね」

「あ、来たのかジャッカル、柳生」


シャボン玉の出どころである部室の裏手を覗けば、そこにはブン太と赤也それに、仁王の姿があった。

ニッと笑って得意気な様子のブン太が手にしていたのは、紙コップとストロー。


「お前等もやる?」

「遊んでると真田に怒られるぞ?」

「ちょっとくらい良いだろぃ?」

「それにしても丸井君、シャボン玉なんてどうして……」

「仁王先輩が作ったんすよ」

「仁王君が……?」


てっきりブン太か赤也が作ったものとばかり。けどいつも唐突に何かを始める仁王の事、有り得ない話じゃねぇな。


「可愛らしいところがあるんですね、仁王君にも」

「仁王君はいつも可愛いぜよ」


部室の壁に背を預けた仁王がストローを吹くと、小さなシャボン玉がいくつも生まれた。


「どの口が言ってるんでしょうね、それは」


にっこりと微笑む柳生の姿に、なんだか嫌な予感がする。胃が痛くなってきたのは気のせいだと思いたい。

そんな俺をよそに突然、柳生は仁王の傍に立つと、仁王が作り出したシャボン玉を片っ端から壊し始めた。


「何するんじゃ、柳生!!」

「部活の時間です。遊んでいる場合ではないでしょう?

「お前だって遅れたじゃろ!?」

「私は委員会があったんです。遊んでなどいませんよ、誰かと違って」

「誰かって誰じゃ!!」

「仁王君の事です!!」

「俺は遊んどらん。一生懸命シャボン玉飛ばしてただけナリ!!」

「それを“遊んでる”と一般的には言うんです!!」


いつもの如く始まった仁王と柳生の言い合いは、たぶんしばらく終わらない。売り言葉に買い言葉と言うか、何と言うか……。

アイツ等の言い合いは、仁王はともかく柳生までムキになるからどうしようもない。もっとも仁王は分かっていて柳生にふっかけて楽しんでんだけど……柳生は気付いてんのか?


「あーぁ、始まっちまった……こりゃしばらく終わらねえな。どうする?」


ブン太が膨らませたガムが、パンと破れる。


「どうするって、ブン太……」

「止めて来いよ、ジャッカル」

「……って俺かよ!?」

「いつもの事だろぃ?」

「やだよ、柳生に殴られるなんて。とばっちりなんて冗談じゃねぇよ」

「あぁ、紳士崩壊してるもんなぁ……柳生」

「あぁ!! ほらほら、丸井先輩、ジャッカル先輩。見てくださいよ!!」


詐欺師コンビの喧騒をよそに一人シャボン玉に熱中していた赤也が、唐突に叫んだ。その指差す先には、大きく輝くシャボン玉が一つ。


「でっかいのできたんすよ、ほら!!」


確かに大きなシャボン玉だ。仁王がいくつも飛ばしていたけれど、それはどれも小さく、赤也が今飛ばしたシャボン玉には到底適わない。

そうか、赤也はこれ作るのに集中してたから妙に静かだったのか。


「俺が作ったんすよ、丸井先輩、ジャッカル先輩!!」

「おー、凄い凄い」

「ちょっ、適当じゃないっすか丸井先輩!!」

「いやいや、心底凄いと思うぜぃ? 赤也をそこまで静かにさせたシャボン玉がな」

「酷いっす、丸井先輩……」

「──いや、凄いぞ赤也。これほどまでに大きなものを作るとは……素晴らしいな」

「……いきなり出てくるなよ。恐ぇよ、柳」


俺の後ろからぬっと顔を出した柳は、僅かに笑みを浮かべて赤也を見ている。


「本当に……赤也は可愛いな」

「何しみじみと呟いてんだよ。つーか俺を無視するな」

「見ろ、ジャッカル」

「お前何気に他人の話聞いてないよな……」


溜め息をつく俺の隣──柳が見つめるのは、当然の如く赤也。もう一度大きなシャボン玉を作ろうと、真剣にストローと向き合っている。


「あの真剣な瞳。集中した時の表情。そして満足いくものが出来た時の瞳の輝きと笑顔……可愛いとは思わないか?」

「まぁ……可愛いよな」



──子どもみたいで。



大きなシャボン玉を作った時の笑顔は、本当に輝いている。試合に勝った時や真田と幸村が誉めた時以上だ。

無邪気なその笑顔は、確かに可愛い──何度も言うが、子どもみたいで。

俺がそう言えば、柳がハッとしたように俺を見た。


「ジャッカル……まさかお前、赤也の事が……」

「……は?」

「ダメだぞ、ジャッカル。確かに赤也は可愛い。しかしいくら“常識人”と言われるお前でも赤也の事は譲れないな」

「俺が常識人ってわけじゃなくてお前等がおかしいだけだ」

「赤也が可愛すぎるのがいけないと言うのか。確かに赤也は……」

「言ってねぇよ。なぁ、頼むから俺の話聞いてくれよ」

「――お前達、何をしている!?」

「あぁ、良いところに来たな、弦一郎。聞いてくれ、赤也が可愛いとジャッカルが言うんだ」

「だから言ってねぇよ。いや、言ったけど」

「認めた……!! ジャッカルが、赤也の事を可愛い、と……可愛い、と!!」

「お前が考えてる意味と違うっての!! つーか開眼するなよ、柳。怖ぇよ」

「蓮二、部活はどうし―――」

「ジャッカル、お前に赤也は譲らない。そもそもお前にはブン太がいるだろう!! 浮気か!? 白昼堂々本人の目の前で浮気か!?」

「だから違うって。だいたい浮気って何の話だよ!?」

「おい、蓮二――」

「何、ジャッカル。お前浮気してんの? この俺がいるってのに……!!」

「お前もノるな、ブン太!!」

「おい、お前達、部活は――」!!」

「あ、真田副部長。いたんすね」

「赤也……。礼を言うぞ、赤也。俺の話を聞いてくれたのはお前だけだ」

「良く分からないんすけど……ども」

「それで、部活はどうしたのだ?」

「あ! あー……いや、その……。そうだ、真田副部長もどうですか!?」

「これは……シャボン玉? 部活の時間にシャボン玉など、たるんどる!!」

「え、もしかしてできないんすか真田副部長。まさかっすよね?」

「たわけ! その程度できるわ……キェェェェェッ!!」








「……で、お前達本当に何してんだよ。部活は? 俺がいないと部活すらできないわけ?」

「あ、幸村君」

「丸井、これどういう事? 仁王がシャボン玉飛ばして柳生がそれ潰してるし蓮二は何かジャッカルに迫ってるし真田は奇声発しながらシャボン玉飛ばそうとしてるし……つーか本当にアイツ何? シャボン玉作れてないんだけど? 顔真っ赤にして『キェーッ』とか言って一人で騒いでるくせに全く作れてないんだけど?」

「あー、あれな。強く吹きすぎなんだよなぁ、真田。シャボン玉がストローから離れずに壊れるのも当然だろぃ? 赤也に笑われてるじゃねぇか」

「つーかオッサンがシャボン玉なんかやっても可愛くないんだよ。ウザイよ、オッサン。お前校庭500周ね。他のレギュラーは300周、それ以外は100周。早く行けよ」

「えぇ!? ちょっとシャボン玉やってただけじゃないっすか……」

「そうか、赤也はオッサンと一緒に500周走りたいんだね。良いよ、行っておいで赤也。良かったね、オッサン。赤也が一緒に走ってくれるって、オッサン」

「ゆ、幸村! 何故俺まで500周も……!!」

「ツッコミ所間違ってるだろぃ、オッサン」

「キェェェェ────ッ!!」



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