「真田は俺に何を望む? 俺にどうしてほしい?」 俺が真田にそう言ったのは、いつだったかな? 俺が入院して以来、真田はほぼ毎日俺の病室を訪ねてくる。部活帰りで自分だって疲れているはずなのに、毎日毎日、飽きもせず。 だいたいは一人で、時には部員の何人かを連れて。レギュラー全員が揃ってしまえば、そこが病院である事を忘れてしまうくらい賑やかになる。赤也と丸井に至っては煩すぎて、真田が怒鳴る事もしばしば。でも何が一番煩いって……真田の怒鳴り声が一番煩いんだけどね。 その真田が、今日は珍しい客を連れて来た。 「久しぶりだね、手塚」 笑って病室に迎え入れる俺に、手塚は、あぁ、とだけ応える。短いけれど、これがいつもの手塚。 「手塚が見舞いに来てくれるなんてね、嬉しいよ」 もうすぐ地区予選が始まる。手塚だって忙しいだろうに。 俺の心の内を汲んだのか、そうでないのか、それは分からないが手塚は相変わらずの表情のままで真田を一瞥した。 「俺が呼んだのだ。少し手を借りたいと思ってな」 「真田が?」 「あぁ」 その時、手塚の普段から表情の無い顔色に僅かな渋さが混じったのを、俺は見逃さなかった。ほんの一瞬ではあるが、手塚は眉根を寄せた。 珍しい。喜怒哀楽が無いとは言わないが、手塚の表情が崩れる事はほとんど無いから。 それに真田が他人を頼るというのも、これはこれで珍しい。大抵の事は自分で片付けてしまう真田だけに、気になる。俺や柳、他の立海のメンバーではなく何故手塚を頼るのか。 「以前、お前は俺に言ったな」 “真田は俺に何を望む? 俺にどうしてほしいの?” あぁ、言ったような気がする。 毎日毎日、顔を見せる真田に。 俺が病室にいる時にも、テニスをしている真田に。 明日も、テニスができる真田に。 特に意味は無かった。いや、自分でも知らないうちに八つ当たりも少し入っていたかもしれない。とにかく理由は、もう忘れてしまった。 「俺なりに考えたのだが、俺は……」 それっきり、真田は黙ってしまった。 もしかして真田は気にしてた?有り得ない事じゃない。真田は真面目だから。言った張本人だって忘れてた事なのに。 無言のまま俺を見ていた真田が、突然CDを取り出した。サイドボードのコンポにセットすると、同じタイミングで真田の隣に手塚が立つ。 二人が背中合わせに立った時、軽快なメロディーが流れ始めて──…… 瞬間、俺は自分の身体が固まるのを感じた。背筋が凍る──とまでは行かないが、動けない。目の前の二人に釘付け。目を逸らせない。逸らせるわけがない。 「Heart on wave〜 Heart on wave〜」 真田と手塚が、歌って踊っている。 「あなたは来ーなーいー。私の〜思慕(おも)いをージョークにしないで〜」 なぁ、真田……手塚も。お前達一体何がしたいんだ?老け顔二人が往年のアイドルの曲を歌って踊るって……つか選曲はどっちだよ?何故敢えてコレを選んだ?もっと他にあったんじゃないのか?ほら、秋葉原を拠点に頑張ってるあの子達とか。 あ、もしかしてアレかな?本当は40代だから流行にはついて来れない?うん、顔老けてるしさ、やっぱり本当は40代なんだよね、真田?手塚もさ、真田と良い勝負してるからね。どっちも老け顔だし。うん、老け顔だしね。老け顔だしね。何度でも言ってやるよ、お前達老け顔だよね、ホント。 「Lonely〜ユラユラSwimmin'ユラユラDreamin'愛が揺れる〜 Stop Stop」 あぁ、ダメだ。もうダメだ。本当ダメだ。引きつる頬は止められない。真田、手塚、お前達……俺を殺す気だろう? 病室である事も忘れて、俺は声をあげて笑った。文字通り、笑うしかなかった。 “真田は俺に何を望む?” 俺は、幸村には笑っていてほしい──と、そう思った。 |