俺が最初に目にしたのは優しい笑顔。
少しつり目気味の、けれど柔らかな微笑み。









「ここが貴方のお部屋です。好きに使ってください」

「好きに?」


案内されたのは、白い部屋。ベッドもソファーもあるし、テレビもある。少し広めの、一見すれば普通の部屋――通路側の壁が窓ガラスであり、中が丸見えであるのを除けば。


「監視付きなのに?」

「本当に君は、知能が高い」


俺が『生まれた』のは、つい数時間前。それを見守っていたらしいのが目の前にいるコイツで、調整槽から俺が出た途端、抱き締めてきた。

調整槽――辺りには、円柱型の水槽のようなものがいくつもあった。その中にも俺と同じ『人間』のような生き物がいて、外に出る時を……たぶん、待っている。

つまり、俺は『人間』ではない。何故だろう。それはすぐに理解できた。それと、たぶん俺を作ったのはコイツ。明るい茶の髪にメガネをかけた、白衣の……

それから少し話して俺の知能を理解したのだろう。最初は子どもに話しかけるかのようだった口調が、同等の人間に対するそれと変わらなくなった。そして連れてこられたのが、この部屋。

苦笑してから、白衣を身に纏ったソイツは続けた。


「悪く思わないでください。君には正直に話しますが、」

「実験体じゃろ。知っとるぜよ。だから、監視付き」

「特に君は……先程も言いましたが他の子と違って知能が高い。どこまでが可能で、どんな事をするのか、何ができるのか……それが知りたいんです。ごめんなさい」


あ、でも必要なものがあれば言ってください。可能な限り、用意しますから――そう言って笑うソイツの雰囲気は、あたたかい。少し前に初めて会ったばかりだというのに、不思議な気持ちだ。これは……なんだろう。

イゴゴチガイイ?


「それとコレ、良かったらどうぞ」


そう言って渡されたのは一冊の本。


「とても面白いんです。暇な時にでも」

「それも実験のうちかのう?」

「いえ、そういう意図は無かったのですが……ごめんなさい。不要でしたら捨てていただいて構いませんから」


今、コイツは傷付いたのだろうか。

カナシイ?

少し落ち込んだような顔を見せたソイツは、けれど次の瞬間には再び笑顔を見せる。


「そうだ、プレゼント! プレゼントですよ。わかりますか?」

「他人に贈る物」

「んー……惜しいですね。『大切な人に贈る物』が正解です」


いたずらっぽく笑って、ひとつ勉強しましたね、とソイツは言った。


「じゃあもうひとつプレゼントです。そういえば今日はバレンタインですからね」

「バレンタイン?」

「大好きな人に、その気持ちを伝える日です」


俺の手を取って、ソイツは一段と優しい笑みを浮かべる。胸の辺りがあたたかくなる。

本当に、不思議だ。


「私にとって君は大切な存在です。実験体だから……では無いんです。君は私の家族です。私は君が大好きですよ、」


そこまで言って、ソイツはハッとしたような顔をして苦笑した。


「名前、決めましょうか」

「ナンバー2じゃろ。皆そう呼んどった。アレ、俺の事じゃろ?」

「否定できないのが悔しいですね……。だけど名前、決めましょう。バレンタインのプレゼントは、後でお持ちします」


まだ仕事が残っているらしく、手を振ってソイツは踵を返した。夜に届けられたのは、不思議な形をした甘い食べ物。ハート型だと、自分で持ってきたソイツが教えてくれた。

ハート型の意味を知るのは、それからずいぶん後の事になる。

バレンタインのプレゼントをもらった数日後、俺はソイツから『名前』をもらった。




※ ※ ※ ※ ※




「……う君。仁王君?」


突然かけられた声に驚いて顔を上げれば、目を見開く柳生がいた。

そうだ。柳生と一緒にいたのだった。見回りをして疲れたでしょうから――と、柳生はお茶をいれてくれていた。


「どうしたんですか? ボーッとしてましたけど……」

「思ったより疲れとるようじゃな、俺は」

「でしたらちょうど良いお茶をいれましたよ。ハーブティーです。リラックスできる、と幸村君が言ってました……って、どうしました仁王君?」


そこに添えられていたお茶菓子が俺の目を奪い、古い記憶が甦る。

甘い食べ物。茶色い、優しい味。

ハート型のチョコレート。


「あ、それ丸井君と一緒に作ったんです。仁王君に食べてもらおうと思って」




――私は君が大好きですよ……





「に、仁王君!? どうしたんですか? チョコは嫌いでしたか?」

「……なんじゃ、いきなり声あげたりして。どうした?」

「どうした、って仁王君……それは私のセリフです」


俺の手を取って、柳生が俺の顔を覗き込む。


「どうして泣いてるんですか?」




――君は私の家族です……





もういない笑顔が、優しく声をかける。

あれからどれくらいの時が経ったのだろう。俺が生まれた研究所から逃げたして、柳生と赤也、幸村と共にこの無法地帯へ足を踏み入れた日の事が、遠い昔のように思える。

あの頃好きだった笑顔は、ここには無い。けれど良く似た笑顔が、目の前にある。

そうか。泣いているのか、俺は。


「好きじゃよ、やーぎゅ」


柳生の頬に唇を寄せて、静かに触れる。

一瞬キョトンとした柳生が、次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。少しだけ頬を染めた、優しい微笑み。


「知ってます」


はにかんだような笑みを、俺は守る。

柳生の事は、俺が守る。




――必ず、俺が……







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