少しずつ入り込んで来る記憶。

流れ込むそれは私を締め付けながら、柔らかな安堵と共に例えようのない罪悪感を運んでくる。







大好きな仁王君を傷付けていたのは、私自身でした。







「……信じられません」

「じゃろな」

「でも……事実なんですね」


心のどこかでそれが真実だと、納得している自分がいます。否定しながらも自然と受け入れているのは、そういう事なのでしょう。

仁王君の腕の中で、仁王君の鼓動を聞きながら、仁王君の事を思いました。

好きという感情と、一度はそれを拒まれた絶望と、また取り戻せるかもしれないという期待と、自分の心を偽り続けるという苦しみと……それはどんなに辛かった事でしょう。そうとは知らず、私は平然と……


「柳生」


声をかけられても、私は顔を上げる事ができません。


「そのままで構わんから聞きんしゃい」


宥めるように私の髪を撫でる仁王君の大きな手が、この上なく心地良い。

仁王君は落ち着いた様子でゆっくりと続けました。


「柳生は悪くない。記憶を取り戻した時点で俺が言えば良かったんじゃ。でも……柳生が俺からまた離れようとするのが怖かった。だから柳生の事も、他の奴等の事も騙しとった……ただそれだけじゃ」

「私はまだ記憶を取り戻していません」

「焦っても仕方ない。ゆっくり思い出して行こう……って幸村が言いよったぜよ。大抵の場合は一時的なもんじゃと」

「知ってます。専門外とはいえ私は医者です」

「そうじゃったな」

「でも君の意見ではないんですね」

「いや、俺もそう思う。少しずつ思い出して行けば良いじゃろ。その後また……きちんと話そう」

「その必要は無いです」


一瞬眉根を寄せて、仁王君が表情を硬くしました。その脳裏に何がよぎったのか、簡単に想像できます。けれどそれもこれも、私のせいです。

仁王君に気付かれない程度に笑って、私は仁王君の頬を両手で包みました。


「柳生……」


触れるだけのキスをすれば、仁王君は呆気に取られた様子で私を見ています。

私にその記憶は無くても、別れを告げた理由など仁王君は察してくれているはず。けれど本当の気持ちは今の気持ちがそのまま答えになっているのだと……私はそう思います。

記憶を取り戻した後で改めて話し合う必要など、無いのです。


「好きですよ、仁王君」


笑みと共に素直な気持ちをぶつけてみれば、仁王君は強く抱きしめてくれました。

















「……ぁっ、んっ」

「気持ち良い? やーぎゅ」


中で動く仁王君自身を感じながら、私は頷きました。幽霊の仁王君には無かった本当の温かさと、記憶喪失を演じていた仁王君には無かった本当の優しさが、私を支配します。

仁王君がこうやって私を見つめて、私の名前を呼んで、私を感じながら愛してくれる事が嬉しくて仕方ありません。やはりこれが、私の答えなのです。


「なんか嬉しそうじゃな」


言いながら、仁王君は首筋にキスをしてくれました。

嬉しくないわけがありません。大好きな仁王君と心から抱き合う事ができたのですから。


「嬉しいですよ」

「俺も」


途端に降り注ぐキスの雨全てを受け止めて、私は仁王君の背中に腕を回しました。この背中をこんな気持ちで抱きしめるのも、久しぶりです。

奥を穿たれて仁王君を締め付けながら不意に思い浮かんだのは、真夜中に現れていた仁王君の事でした。

今思えばあの仁王君はやはり仁王君本人で、“私から別れを告げられた”という事実を拒否した結果、現れてしまった存在なのかもしれません。真夜中に現れていた仁王君が精神科病棟に行けなかったのも、そういう事なのでしょう。推測の域はでませんが、おそらくは。

ただ1つ言えるのは、いずれにしても私は仁王君に愛されていたという事。記憶を無くしている時も、記憶を取り戻してからも。


「……んっ、…ぁっ、にお、くんっ!」

「柳生……っ」

「ぁっ、ぁっ、……ぁぁっ!」















真夜中にふと目が覚めてしまい、ぼんやりとした思考を少しだけ働かせます。身体がダルいのは、言わずもがな情事のせい。隣を見やれば、心地良さそうに眠っている仁王君が月明かりに照らされていました。

仁王君が帰ってきてくれました。私が知る仁王君が、帰ってきてくれました。ただそれだけなのに、こんなにも嬉しい事があったでしょうか?

もう“別れる”という選択肢はありません。記憶を取り戻してもそれは変わらないはずです。そもそも“自分が知る仁王君がいない”というだけで記憶の編集を繰り返していたのです。つまりそれ程までに私は仁王君の事を──……


「あんまり見られると照れるぜよ」

「起こしてしまいましたか。すみません」

「何考えよったんじゃ?」

「仁王君の事を」


さらりと言ってしまえば、仁王君は驚いたように私を凝視してきます。その姿が可愛く思えて、私は仁王君の唇に自分のそれを静かに重ねました。


「仁王君の事が好きなんだと、改めて思いました」

「嬉しいけど珍しいのう」

「良いじゃないですか、たまには」

「毎日言ってくれても構わんぜよ」


言いながら仁王君を抱きしめれば、仁王君も私を抱きしめてくれました。


「またヤる?」

「結構です。もう十分シたじゃないですか」

「俺、柳生ならいくらでも愛せる自信あるぜよ。絶対飽きん」

「……嬉しいですがまた別の日にお願いします。もう寝ましょう仁王君。起きるにはまだ早いですよ」


子どもをあやすように言えば、仁王君は私にキスと共に愛の言葉をくれました。笑い合った仁王君が眠りについたのは、そのすぐ後の事。

私はと言えば、胸の鼓動が煩くて目が冴えてしまいました。もう一度眠るには、少しばかり時間がかかりそうです。





枕元のデジタル時計が、午前二時を示すところでした。










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