同居人である丸井ブン太は中学の頃のテニスのパートナーで、10年程経った今では仕事上のパートナーでもある。

元々ケーキやクッキーといった菓子作りが得意だったブン太はいつ頃からかパティシエを志し、念願叶って自分の店を始めた。

もちろん最初から上手く行くわけがない。開店休業状態が続く中でも頑張るブン太を見て俺が思ったのは、何か力になれないかという事。そして考えたのが、自分の人脈を使って店に紅茶やコーヒーを置き、喫茶スペースを作る事だった。当然、ブン太が作る菓子に合うような物を置いた。

幸村達が勤める病院の近くに店を構えたから、アイツ等はよく来てくれた。店先の花壇の手入れをしてくれたり、インテリアになりそうな古い洋書や小物を持ってきてくれたりもした。「イケメンが通う店」なんて言われた事もあったな。

メインである菓子その物の味はもちろん、オーナーであるブン太の人柄も手伝って口コミで広がり、客足は順調に延びている。ようやく軌道に乗り始めたところだ。

身内も客も問わず、ブン太は皆に愛されてるんだ。





Darjeeling tea






仕入れ先から帰ってきた日の事、店に顔を出した仁王と話しているうちに久しぶりに飲みに行こうという話になり、今に至る。ちなみにブン太も、後で来る予定だ。

ところが。

俺の気のせいだろうか。仁王の様子がなんとなくおかしい気がする。杯を交わしながら目に映るのは、浴びるように酒を飲む仁王の姿。自棄酒にも見える。


「大丈夫か、仁王?」

「何が?」

「いつもよりペース早いだろ。何かあったのか?」


何じゃお前さん、ホント良く見よるのう……妙なところで鋭い──そう仁王が小さく呟いたのは、俺の聞き間違いじゃないはず。


「何も無いぜよー……ただ飲みたい気分なだけじゃ。ジャッカルと飲むのも久しぶりじゃしな……あぁ、このままホテルでも構わんぜよ。ジャッカル相手なら掘られても良い」

「馬鹿かお前。気持ち悪い」

「そうじゃな。やっぱ掘られるのは御免じゃ。じゃあお前さん、下な」

「柳生はなんでこんな奴が良いんだろうなぁ……」


上手く話を逸らされた。ペテン師と呼ばれていた仁王だ。口で勝てる相手ではない。

けれど……やっぱり様子がおかしい。手にした焼酎で喉を潤した仁王は、更に話を逸らすように口にした。


「そういえばジャッカル」


ふと思いついたように話す辺りが、わざとらしい。


「何だよ?」

「丸井とはどうなんじゃ?」

「……は?」


一瞬何を言われているのか分からなかった。それから少し考えて、思い当たる。

思わず俺は、なんだお前もかよ……、と呟いていた。


「この前も柳に言われたけど……別に何もねぇよ。揃いも揃って何勘違いしてんだ?」


話題を逸らすために振られた話とはいえ、面倒くさい。頭を掻いて、俺は続けた。


「俺等はお前等とは違うっての。別に否定するわけじゃないけどよ、お前等と一緒にするな」

「丸井は失恋決定か」

「だから違うって! 失恋も何も俺等の間にそういうのは一切無い」

「それお前さん一人の考えじゃろ」

「ブン太だって特別変わった行動はねぇよ」

「そりゃ片思いの相手にわかりやすく行動できる程丸井は素直じゃないからのう。けどジャッカル、よく考えてみんしゃい」

「……何だよ?」

「料理上手で面倒見も良い、家事全般できて冗談も通じるし顔立ちも悪くない。多少ワガママな面もあるがそれはお前さんにだけじゃし、甘えてると思えば可愛いもの。どうじゃ? 相手として悪くないぜよ。稀にみる好物件ナリ」

「まぁ……いや、なんで話が飛んでるんだよ。おかしいだろ」

「客の中には絶対おるぜよ、ブン太狙いのヤツ」

「そりゃブン太は良いヤツだからな、お前が言うように好物件だろうな、女の子にとっては」

「狙っとるのは女だけとは限らんぜよ」

「……ブン太狙いの男もいるって事かよ?」

「たぶんな。良いんか? 気付けば他の男の物……なんて事になっても」

「……」

「同居してるんじゃし、一緒にいて楽しいじゃろ? 気遣わなくて良いし楽じゃろ?」

「……それとこれとは別だ」

「可哀想なブンちゃん……報われん」

「お前は俺達をどうしたいんだよ」

「ただコーヒー豆の鈍感さを嘆いとるだけナリ」

「鈍感って……」


左手で持った箸の先を、仁王は俺に向ける。行儀が悪い、といつもなら即座に注意する柳生も今はいないから、やりたい放題だ。


「お前はブン太の気持ちに気付いとらんが、自分の気持ちにも気付いとらん。それを鈍感と言わずに何という?」


ただのバカじゃろ──そう言って、仁王は焼酎を一気に煽った。





※ ※ ※





結局、ブン太は居酒屋には来なかった。なにやら用事が入ったらしく、先に帰る、とそれだけがメールに入っていた。

仁王とは店で別れて、ブン太と二人で借りているアパートに帰れば部屋の明かりが点いていた。


「まだ起きてたのかよ、ブン太」

「なんだそれ。せっかく待っててやったのに」

「あー、はいはい。サンキュ」


リビングにいたブン太がこちらを見たかと思えば、すぐに拗ねたような表情になる。こういう感情表現豊かな辺りは、学生の頃と変わっていない。

適当にあしらいながら、俺はブン太の手元にあるものに気が付いた。


「何描いてんだ?」

「コレか? バースデーケーキのデザイン。オリジナルなんて受け付けてないんだけど……まぁ常連だし、ちょっと考えたけど受ける事にした」

「急用ってそれか」

「そ。なぁ、これどう思う?」


渡されたのは、ハート型の可愛いケーキのデザイン画。花の飴細工にチョコレートのプレート、色合いも赤やピンクがメインに使われていて、女の子が好みそうなデザインになっている。ただこれはバースデーケーキというよりも……


「どうみてもウェディングケーキだろ」

「バースデーケーキ兼、ウェディングケーキなんだよ。だから最初は迷ったんだ、引き受けるの。俺なんかがそんな大事な事に関わるなんて……けど、どうしてもって言われたら断れないだろい?」

「お人好し」

「お前に言われたくねぇよ」

「けどこんな細かいデザイン……高くなるんじゃねぇか?」


一口に“飴細工”と言っても、簡単なものではない。花はもちろん、このデザイン画だと白鳥のような鳥も描かれているし、王冠を模したエンゲージリングのような物も描かれている。

ブン太はそういう細かい部分にこだわるし、妥協しない。それは現実的な問題、つまり予算に直結する。


「問題ねぇよ。別に披露宴をするわけじゃなくて、二人だけでやるんだと。だから小さなケーキで構わないって」

「だったら尚更だろ。どれくらいのサイズで作るか知らねぇけど、ケーキ自体が小さいのにこのデザインじゃ飾りも小さくなる。お前の負担が増えるだけだろ」

「そこは俺の腕の見せどころだろい? 技術料はサービスって事で」

「お人好し」

「二度も言うな! ……良いじゃねぇか。2人だけでも思い出になる事をって言っててさ……ワケアリなんだよ、その客」

「ワケアリ?」

「男同士」


危うく口にした水を噴き出すところだった。せっかく描いたデザイン画を汚したら、ブン太は烈火の如く怒るだろう。良かった。俺、命拾いした。

いや、問題はそこじゃなくて。


「男同士!?」

「そんな驚くようなもんでもねぇだろ。身近にもいるし」

「いや、けど日本じゃ……」

「認められねぇよ、結婚なんて。しかも親にも、周りの人間にも言えねぇ……だから“2人だけでも思い出になる事を”なんだろい?」


俺から見れば完成に近いデザインも、ブン太から見ればまだまだ改善の余地があるのだろう。

ペンを片手にくるくると回しながら、ブン太は続けた。


「そんな言いづらい事を話してくれたんだぜ? 応えるしかねぇだろ」


そう言って、ブン太は笑う。

ブン太は一人の人間として、偏見無く他人と向き合える。真正面から向き合うその姿は素直にカッコイイし、そんなブン太が俺は好きだ。改めて、そう思う。

ブン太は皆に愛されているんだ。

そしてそれは、俺一人が独占して良いものではない。

仁王達は俺達の事をいろいろと言うけれど、俺達の間にそういうのは一切無い。好きという感情も、恋愛ではなく友情から来るもの。ブン太だって、同じはず。


「あ、そうだジャッカル。依頼人に紅茶のサービスしたいから手配してくれるか?」

「良いぜ。好みは?」

「ストレート。アレンジはケーキには合わない気がする。作ってみないと分からねぇけど。いずれ試作の小さいヤツ作ってみるからそれ食ってから決めてくれ」


紙と向き合っていたブン太はクシャクシャとそれを丸めると、ゴミ箱に放り投げる。良い感じの仕上がりだったのに、一から描き直すつもりらしい。

すぐに次のデザインが思い浮かんだのか、サラサラとペンを走らせる。

ブン太は妥協しないから、無理しないよう見張っておかないとな。その横顔は楽しそうだから、まぁ良いけど。


「なぁ、ジャッカル」

「何だよ?」

「こういうの、どうだ?」


ニッとイタズラっぽい笑みと共に差し出されたのは、描き上げたばかりのデザイン。短時間だというのに、ある程度は描き込まれている……が、


「……!?」


思わず言葉を失ってしまう。

そこに描かれていたのは、言わずもがなケーキのデザイン。先程とは違い丸いケーキの周囲をいろいろな果物が囲い、ケーキの縁には花の飴細工らしきものとチョコレートのネームプレート。そこに留まる飴細工の蝶が、シンプルでいながら立体的で花を添えている。

デザイン自体は良い。問題はそこではなく、ネームプレートに書かれた横文字。



Happy wedding
Jackal & Bunta



「俺達のウェディングケーキ!」


楽しそうに差し出してきたブン太は、蝶が良い感じだろい?コーヒー豆を模したチョコ使うのも良いよなぁ、なんて笑っている。


「……俺をからかって遊ぶなよ」

「遊んでねぇよ。俺は本気だ!」

「尚更問題だろ!」

「ウソウソ、冗談だって。本気にすんなよ。馬鹿だろい、お前」


そんなんじゃモテねぇぞー、なんて言いながら、ブン太はそのデザイン画をファイルに入れた。確かブン太が実際に使ったモノや気に入ったデザインを、纏めているファイル。

冗談と言いながら、いつか本気で作りそうだな……

けど……それも良いかもしれない。デザインとしては確かに悪くないし、あの蝶は俺も気に入った。実際の仕上がりがどうなるのか、見てみたい。

それに何より、ブン太が楽しそうだ。


「ネームプレートは葉っぱとか木を模したモノが良いんじゃないか?」

「お、たまには良い事言うじゃんジャッカル」


そういう遊びに付き合うのも、たまには良いだろう。

だったら俺が準備するのは、香り高い紅茶だ。コーヒーが苦手なブン太のために、上質の紅茶を用意しよう。

一級品の、ダージリンを。












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