目を覚ますといつも、枕元に花が置いてあった。いつからだったか、それはもう思い出せないくらいずっと前から。毎日違う花だったり同じものでも別の色だったり。毎日毎日骨が折れるだろうに・・・。
この花を誰が置いてくれているのか、私は知らない。いつも起きていようと思うのだけれど、夕飯の後に飲む薬のせいでそれはかなわない。
でも、やっぱりどんな顔の人なのか。どんな声で、どんな目をしている人なのか気になってしょうがないもので。自分の体と医者に悪いと思ったけれど、1日くらい大丈夫だろう。看護師が見ていない隙に薬を枕の下に隠して毛布をかぶった。
どのくらい経っただろうか。やっぱり少し体調が優れない。今か今かと胸が高鳴っているのか病のせいか。乱れる息を押し殺して耳をすませた。
「こんばんは」
静かな声が聞こえた。優しい声だと思った。
「こんばんは」
毛布をかぶったまま声をかけてみた。返事はない。まだ整いそうにない息を押し殺す。
「どうしても貴方に会ってみたくて・・・驚かせてしまってごめんなさい」
やっぱり返事は返ってこない。
「貴方の顔を、見てもいい?」
「かまわん」
月明かりに照らされたその人は、悲しそうな目をした若い男の人だった。今にも泣きそうな、どうして、でも。
「優しそうな人でよかった」
「見かけで判断しちゃいかん」
「声も、優しそう」
「まいったのう」
「1つ聞いてもいい?」
「どうして毎日花を、じゃな」
聞こうとしていたことを先に言われてしまったものだから、次の言葉をまた探す。
「わしはの、お前さんに惚れとるんじゃよ」
「ストレートなのね」
「それ以外の理由が見つからん」
「でも、会ったことないでしょ?」
「・・・そうじゃな」
何でかはわからないけど、傷つけてしまった気がした。
「ごめんなさい」
「何故謝る?謝らなければならはいのは、わしじゃ」
「どうして?」
「お前さんを・・・すまん」
すぐに逸らされたその目に月明かりでキラキラと光る涙が見えた気がした。
「昔の私を知っているのね」
「気づいて、おったんか」
何度朝を迎えてもここから出られない私が覚えていることは10歳までの記憶だけだった。どうしてここにいるのかはもちろん、10歳から今まで何をしていたのか、時々お見舞いに来てくれる見覚えのない人達、どうして私の左足がないのか。ここまで分からなければ逆に分かってくるものだ。恐らく私は記憶を失ったのだろう。
まあ、それに気づいたからといって何が変わるわけでもなかったけれど。貴方のおかげで少しだけ近づけた気がする。ここに来て泣いた人は貴方が初めてだから。
「貴方のことも、何があったのかも何も分からなくてごめんなさい」
「謝らんでくれ」
「明日も来てくれる?」
もちろんじゃと微笑む貴方の目元はもう乾いてしまっていた。
(1度枯れてしまった花をもう1度咲かせることは出来るだろうか)
20160118.