俺がまだ魚人島に居た頃からずっと、後ろを着いてきて離れねえ女が居る。女と言ってももちろん人間じゃねえ、人魚だ。この女は自分が人魚だと言う自覚のようなものがない。今までに何度も人間に狙われてきた。そのたび放っておこうとは思ったが、ハチが助けろ助けろとうるせえもんだからそのたびそのたび俺はこの女を助けてやった。そうするとこの女はいつもいつも、この上ないくらいに嬉しいだの、ありがとうだのと泣き笑いしてみせた。最初はめんどうでお荷物にしか感じてなかったこの女を自分のものにしたいと思ったのはいつからだったか。守ってやりてえと思ったのはいつからだったか。あいつが海面から顔を出して、楽しそうな顔で俺を見てくるのを煩わしいと感じなくなったのは…。
「ねえ、アーロン」
「………」
「アーロン!」
「どうした」
「何か、考え事?」
「そんなとこだ」
「そっか」
ほらな、またお前はそうやって楽しそうに笑って俺を見る。前に何がそんなに楽しいのかと聞いたことがあった。お前は、何も答えないでまた笑って俺を見るだけだった。今聞いても、おそらく答えは同じだろう。
「ねえ、アーロン」
「あ?」
「私ね、」
「どうした」
「私、こうしてアーロンと居られて、世界で1番幸せだよ」
こんなに誰かを、どうにかしたい、してやりたいと思ったのは初めてだ。
「俺が絶ってぇお前の事守ってやる。だから、…その、俺と結婚してくれねぇか?」
いざとなるとうまい言葉の1つも出ねえもんだ。
ああ、お前の泣き笑いを見るのは久しぶりだな。
2011/07/25.