赤、青、黒、色んな色の傘があっちこっちと道を行き交う。砂の国に居る時には、こんなの見たことなかった。
「雨のにおいって知ってる?」
「さあな」
「土とか、木とか、色んなものが濡れたにおい。素敵だと思わない?」
濡れた街から、渇いた貴方を振り返る。やっぱり私は濡れた街のほうが好きだ。
「帰るぞ」
「どこに?」
「あ?分かりきったこと聞いてどうする」
「だって、私の家はここだもの」
「こんな小屋みてえなもんが…笑わせんな」
「クロコダイルには小屋かもしれないけど、私にはお城と同じなの」
舌打ちと、ガラスが割れる音。そうやって脅せば、言うこと聞くと思ってるんだね。
「やめてよ、片付けるの面倒でしょ」
「片付けなんて必要ねえ、今すぐこの小屋を出りゃあいいんだ」
「自己中」
また舌打ちと、ガラスが割れる音。ついでにお酒のボトルも壁に投げつけられて壊れた。
「だってさあ、私、雨が好きなんだよ。クロコダイルは雨、嫌いでしょ?」
「お前も嫌いになればいい話だ」
「暑いの嫌いだし、太陽も嫌いだし、砂埃とかもううんざり」
「全部好きになればいいじゃねえか」
「無理」
より一層、雨音が強くなる。それと一緒に、クロコダイルの苛々もまた同じに。
「もう、帰ったら?」
「………」
「傘なら貸してあげるから、ね?」
「いらねえ」
「あっそ、じゃあはやく帰って」
割れたガラスを蹴飛ばしながら、ドアを開けたらまた雨のにおいと湿った空気。
「多分、クロコダイルはもう私には会いに来てくれないね」
何となく、分かった。だって、きっと私はそこまでいい女じゃあないだろうから。クロコダイルがこうして1度でも自分から会いに来てくれたのは、多分奇跡。一生分の運を全部使い切っちゃったんじゃないかなってくらいに。
「じゃあ、またね」
私が無意識に「またね」って言っちゃったのは、やっぱり私はクロコダイルが好きだからだよ。それは認める。私が貴方に未練があるのは認めるよ。じゃあ、どうしてクロコダイルは、シガーカッターを忘れていったの?これが1番切れるからって、すごく気に入ってたやつなのに。
(黒い傘をさした貴方が毎晩夢に出てくるのはどうして?)
2011/04/16.