しっかりと閉められた鍵、放課後で閑散とした学校。二人きりの教室にはギルバート先生と向かい合わせ。そうして極めつけに差し出された国語の問題集。『一つ間違えるごとにキス一回な。』って…それ何ってエロゲーでしょうか。
「キスって、ほんと引く。ギルバート先生さいてー。」
「ひ、く…ってそれちょっと酷くないか…?」
「生徒に手出す先生に襲われそうで嫌な意味でドキドキしてます、の方がいい?」
「…いや、どっちも嫌だ…!」
力なく眉を寄せた先生に密かに笑ってから問題集を広げた。現代文のそれらしく最初はずらっと漢字問題が並んでて内心うげっと思う。数学なら何時間やったって苦にはならないけど、国語はやっぱり嫌になってくる…のは好き嫌いだろうか。シャーペンをかちかちとノックして芯を出したオレはそれを一問一問滑らせながら先生をちらっと見上げた。
「ねえ、なんで個人補習?」
「なんか良くないか、個人補習って。」
「それは燃える?それとも萌える?」
休み時間にいきなり呼び出しを食らったオレは『放課後、補習。』とだけ告げられはっきり言って意味がわからない。…いや、今の嘘。ほんとはわかってるけど、“どういうつもり”かは。それをわかっててほいほい従うオレもオレか。先生とキスしたいから…とからしくもない。
そんなことを考えつつ綺麗な金色を見つめ首を傾げたら真剣に悩み出す腐れ教師、基ギルバート先生は黙っていればカッコいいの典型だと思う。
「…萌える、じゃないのか多分。」
「ふーん、欲求不満だね。頑張って。」
「欲求不満…。」
あ、ダメージ受けたのかな。くすりと笑って頬にシャーペンを当てればギルバート先生が少しむすっとしてデコピンをしてきた。そうして息をついてふっと表情が変わる。それはもう長い冬が終わり春が来たように、嬉しそうに。
「オズ君、それ間違えてるぞ。」
「え、どこ?」
「三つ目。」
指摘されてじーっと見れば確かに微妙に違うそれ。間違えたという事実が少し悔しかったから顔を膨らませながらシャーペンを静かに机に置いた。コトン、と鳴るそれを合図にしたかのように先生のオレとは違う大きな手のひらが頬に触れてくる。ふわりと撫でるそれはそのまま顎まで降下して、ゆっくり持ち上げられたなら交差する視線。
「嫌がってあげよっか?」
「なんでだ?」
「そっちの方が喜ぶかなって。そういうの好きでしょ?」
唇をゆっくり弧の形に変えて机に乗り出した。これじゃまるでオレが襲ってるみたいだな。
「なら嫌がってもらうか。」
先生も同じように笑う。首に回された腕、ぐっと押さえつけられて唇同士が触れ合った。深くはないそれに律儀に顔をわずかに背けたオレを逃がすものかと先生が追ってくる。
「嫌…っせんせ…。」
「間違えたオズ君が悪い…。」
「や、だ…恥ずかしいから…んっ。」
もう一度口づけられ、ふるふると首を振って先生から少し離れる。どうやら嫌がったオレに満足したらしい先生は優しく頭を撫でてきた。
「間違い一つにキス一回じゃなかったの?」
「…悪い…。」
「ほんとわかりやすいんだもん、先生って。こんなのにムラムラしちゃうわけだ?」
「オズ君だからだぞ…っ!?」
「それくらいわかってまーす。先生オレのこと大好きだもんね?」
明らかに生徒と教師の距離ではない近さで会話をする。少し身体をみじろがせば問題集とシャーペンが床に落ちた。それにも気にせずとうとう先生の脚の上に乗ったオレ。コロコロと転がるシャーペンを見つめて先生が抱き締めてくる。
「もうしないのか?」
「全部わかんないから教えて?」
「…全部?」
「そう。全部。」
オレも先生の首に手を回す。吐息がお互いの肌を擽り合った。
「どうしよっか、また嫌々ーってしてほしい?」
「コンセプトは?」
「イケナイ関係。エロゲー風味でどうぞ。」
「…オレってそんなわかりやすいか…?」
わずかに苦笑した先生は確かにわかりやすいけど。それ以上にオレが先生のことを好きだからわかるんだよ、とは言ってあげない。結局目を細めるだけにしたら先生が『おまえには敵いそうにないな。』と漏らして襲ってきた。柔らかい感触は何度感じても慣れることはない。
「…っ、せんせ、い…!」
「…どうした、恥ずかしいのか…?」
「ぁ、だめ…ん、ンっ。」
低く囁かれてゾクリとした。角度を変えながら長く口づけられ、苦しくなった呼吸に空気を取り込もうと唇を開けば空気の代わりに熱い舌が捩じ込まれる。反射で跳ねてしまう肩に先生の腕の力が強まった。
「ぁ、ん…いや…!」
「そのわりに嬉しそうだが…?」
「や…っだめ…ふぁ、」
咥内を先生が蹂躙する。それに素直に気持ちいいと感じてしまって腰が震えた。苦しさに涙が溜まってきて、ちょうどいいやと少し離された時に目を伏せ吐息を吐いてみる。
「…せんせ…なんで…?嫌って言ってるのに…っ酷い…。」
そうして潤んだ瞳で見上げてみれば再び塞がれるそれ。強気に攻めてくる舌がオレのを絡めて捕らえるから堪らない。ギルバート先生も高揚してるのか熱を持った視線で見つめられた。
「や、だ…や…ぁ、」
「嫌じゃないだろ…?」
「いや…せんせ、こんなの…だめ、ん…っ。」
「…だめと言われたら余計にしたくなる。」
オレの熱と先生の熱が混じり合うようにして口の端から唾液が溢れる。身体の内側からそれが広がっていくみたいで、くたりと大きな胸に倒れ込めばやっと解放された口唇。細くて長い指が優しくそれを拭ってくれた。
「ん…先生激しすぎ…。」
「おまえこそ煽りすぎだ…!」
「先生のこと喜ばせてあげようかと思って…。」
まだ少し荒い呼吸で見上げたら先生がビクリと震えた。それにへにゃっと笑って緩く息をつけば空気が張り詰める。
「楽しかった?萌えちゃった?」
「オズ君…っ。」
そのまま胸をゆっくりなぞれば先生が余裕のない声を出した。ぎゅっと抱き締められオレの首元に吸い付こうとした形の良い唇、身を委ねればきっと隅々までこれに愛されるに違いないと思いつつひょいっと上手く避ける。え、と間抜けに響く声。思わず笑っちゃいながら胸を押して立ち上がった。
茫然としている先生にくるっと背を向けて鞄を手に取り、ドアまでトントンと軽やかにステップで駆けたオレは意地悪く顔を綻ばせる。
「だめだよ先生、まだあげないんだから。」
「え…え…?」
「でもキスのお相手なら喜んでしてあげる。」
どうやら全く状況についてきてない先生にひらひらと手を振った。ちょうど下校のチャイムも鳴り響く。
「補習だなんて捻りなさ過ぎ。ま、そういうのもいいけど…。だから、また補習しよ?その時にそれ返して。」
オレのシャーペンを指差してから鍵を開けた。
「もうちょっと考えて誘ってくれたらあげてもいいけどね。」
「な…っ!?」
先生の素頓狂な声をBGMに教室を出た。
オレはそんなにお安くないんです。先生に毎回キスさせてあげるのだって、好きだからって…早く気づいてくれないと。じゃないとあげないんだから。
オレを買うならお高くなります
(お値段は先生次第ですのでよろしくお願いします)
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