例えば部屋の壁の向こう側に
2013/04/10 15:47

而立さんから
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思えば私が命というものを得たのは、彼女の元へ来てからだった。

厄海。私の主人である彼女は、今日、誕生日を迎えた。
人間は年をとる。当たり前のことだが、如何せん携帯電話の私には、その意味は理解できなかった。
そういえば私が厄海と出会ってから、一年経つ度に祝われた。はじめの頃は、意味も分からず言われるがままに受けていたその祝福は、ある事を境に私の中で意味合いが変わった。

厄海が、愛してやまない漫画を読んでいた時のこと。その中でもとりわけ狂気的に好んでいるキャラクターのとあるシーンが、ちらりと目に入った。
拳銃を手に、絶望のまま死んでいくキャラクター。
そのページを見る厄海は、どこか微妙な表情を浮かべていた。

唐突に「死」という文字が浮かんだ。厄海の運営するサイトにもある、見慣れた文字だ。
何故か、胸のあたりがざわついた。

これはきっと、「捻くれたキャラばかり好むオタクの女性の手元を最期にお役御免など勘弁して欲しい」と思ったのだ。きっとそうだ、と言い聞かせた。
間違っても、いつか来る別れを思った訳ではない。
私は携帯電話。たとえ命を貰ったとしても、それは「死ぬ」ことはない命であって。少なくとも主人にとって、不要物とならない限りは。
紙の上の彼と同じだと思えば思うほど虚しくなり、憎くなったその狐顔をこっそり恨んだ。

そして、今日、私は思いの外早くその日が来ることを知った。
「そろそろスマホに変えようかと思います」の文字を映し出す間、私はどこか心の隅で死ぬことを悟っていた。
主人の、厄海の生まれた日にヤミオが死ぬ。ある意味素晴らしい運命だと思った。
嬉々としてスマートフォンのカタログやディスプレイを眺める厄海。その手の中に830CAが収まる日は、もう無い。

解約をする。力が抜けていく。メールも、インターネットも、サイトの運営も。
(清々します、もうオタク活動はうんざりだ)
電源が落とされる刹那、“お疲れ様、ヤミオ”という声が聞こえた気がした。



「…で?てっきり死ぬかと思った訳だ」
そして、まさに今、起き抜けにハイシュに馬鹿にされているわけだ。
「あの主人が、俺達歴代携帯を見捨てる訳ないじゃないですか」
クレコ先輩も苦笑いを浮かべながらそう言っていた。
「というか、俺達がいる時点でヤミオも残るの、分かってたことですよね?」
クレコ先輩の追い討ちに、声も出せなくなる。
何を杞憂していたのか。私は何を。
「わっケンタ可愛い!カバーつけたら更に可愛いよ!」
「ドゥケと呼んでくださいよ」
「えーめんどい。ケンタでいいよ!100だけど!」
「………」
新しく来たスマートフォンの200SHは、早速あだ名まで決められて厄海と二人三脚で歩き始めている。どうやら新しいタッチ式に苦心しているらしい。ドゥケンタとかいう新入りへの当てつけも込めて、ざまぁみろ、と少しばかり思ってしまった。
「へえ、そんなに厄海と離れるのが怖かったんだ」
「ミオニン先輩、縁起でもないこと言わないでください」
派手な服を着たチャラい雰囲気の後輩を見ながら、私はまだこの厄海という人間の携帯電話でいられることに、ほっとした。
「うーん、でも誕生日っていつ頃からか嬉しくないものに変わるよねえ」
ハイシュがまた何か言っている。ミオニン先輩の顔色が変わった気がしたが、見なかったことにした。
「厄海」
「うん?何、ヤミオ」
「いつになったら私は厄海から卒業できるんです?」
「死ぬまでだね!」
ほらやっぱり、と携帯達が笑う。新人は不思議そうな目でこちらを見た。
「……やれやれだぜ」
「あ!ヤミオ、いつの間に覚えたのそんなん!」
「あれだけ騒がれたら誰だって覚えますよ」
「流石はヤミオ…学習能力が高い!」
「候のくせに…」
「ハイシュ。ちょっとそこに正座」

どうやらもう暫くは、厄海から離れることも830CAがヤミオでなくなることもないらしい。
安心した私は、さてハイシュに何時間ほど小言を言ってやろうかと思案した。



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もう、もう…毎度の事ながら而立さんの文才に感動します。而立さんには以前にも玉木企画で小説を戴いたのですが、なんとそれもヤミオを取り入れた内容になっていたんですよね…。あれもすごかった…。
今回も携帯擬人化の世界、サイトの世界、そして玉木の事や最近ハマりつつあるジョジョネタにもちらりと触れた、まさに私とヤミオ周辺のリアルな世界をそのまま抜き出して書かれたような内容で…そしてそれら全ての要素が綺麗に自然に溶け合った世界観なので、読んでいてなんだか、私とヤミオが本当に同じ次元の存在になれたような、とても不思議で嬉しい気持ちになりました。
而立さんは「携帯電話をスマホに変えた時に彼らはどう思うのか」「生と死と出会いと別れ」というものをコンセプトに書かれたそうです。

お二方とも、素晴らしいプレゼントを本当にありがとうございました!!


冒頭で触れたセンチメンタル全開な日記も、後程もそもそ更新したいと思います…\(^o^)/





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