高校に入って、あいつと出会って、恋をして。何の進展もなく時だけが過ぎて、私はあいつと共に過ごせる最後の一年を迎えていた。


「おはようさん」

「おはよ。朝練だった?」

「せや。いつものことやろ」

「なんか汗臭いよ」

「うそや」

「うそ」


お前なあ、とわざとらしくため息をつく今吉翔一の額に汗は一滴も見当たらない。玄関で会ってから教室まで一緒に歩く私たちの距離は、彼が肩にかけているスポーツバッグ一つ分。歩みのスピードが遅いのは翔一が私に合わせているからなんだけど、私はあえて少しゆっくり歩いているわけで。たいした話もしないけど、でも、ちょっとでも長くいたいから。


「ほなまた」

「うん、じゃーね」


翔一とは二年間、ずっと同じクラスだった。なのに、三年生のクラス替えで離れてしまった。私のクラスより玄関寄りにある教室に入っていくのをさりげなく見届けながら、今日も私は後悔するんだ。

もっと素直に可愛くなれたらいいのに。彼氏がいるっていう友達の話を聞いていると余計に、自分の可愛げのなさが実感される。朝練終わりなんだから、おつかれさま、とか言っておけばいいものを。なんであんな返しになっちゃうかなあ。


「あ、諏佐。おはよ」

「おはよう」

「朝練?」

「そうだよ」

「おつかれさま」


ほら、こんな感じでさ。なんで諏佐に言えることがあいつには言えないんだろう。諏佐の後ろの席を引いて鞄を置き、机に突っ伏していると、具合悪いのか?と心配された。違うよ。諏佐優しすぎてなんかもう。


「内省中」

「そっか。まあ、何かできることがあったら言えよ」

「ありがと...」


とことんいい人だ。





「諏佐ぁー」


昼休み。友達と集まって雑談していると、妙に目立つ関西弁が教室に入ってきた。


「今吉くんじゃん。ね、なまえ」

「はい、いってらっしゃい」

「ちょっと待って。別にいいからそういうの」

「いいのいいの。私たちが求めてるんだから。行け」


うるさい、と勝手に暴走する彼女たちを止めつつちらりと確認すると、翔一は諏佐の席で話をしていた。真剣な表情からして、部活のことだろう。正直何かと理由をつけて自分の席に行って話したいけど、こうも冷やかされると行きにくいってもんだ。そうこうしているうちに翔一は教室を出て行って。通りすがりに目が合ったような気がするけど、不意に逸らしてしまったからよくわからなかった。





部活が終わって、友達とも解散して。ひとり帰り道を歩いていたら、思いがけない人の姿に一瞬たじろいだ。少し先の道端に立っていたのは、見間違えるはずもなく、


「お、ようやっと来たか」


翔一だった。


「え...なんで、いるの」

「なんでて、お前に用があったからに決まっとるやろ」

「待ってたの?」

「ワシも部活終わりやから、大した時間いたわけやあらへんけどな」


止まっていた足を動かして翔一の横に並ぶと、ほな行こか、と歩き出す。これで手でもつないでいたらカップルみたいなシチュエーションだ。何の用事か知らないけど、余裕な顔のこいつの横で勝手に緊張している自分が悔しい。ずるいよなあ。


「で、どうしたの」

「おー。あんな、相談なんやけど。うちの新しい美人マネージャーのことで」


うん、と返事をする。そんな相談か...。翔一がバスケに一生懸命で、主将で、しかも今年はすごい一年生が入ったとかで余計に大変なのは知っている。去年までもたくさん部活の話は聞いてきたし、試合の応援に行ったこともあるし。翔一は人に弱みなんて見せないから、相談なんてされたこともなかった。そんな彼が相談してくるなんて珍しすぎるけれど、それをする相手に私を選んでくれたなら、それはそれで嬉しいというか。だから聞いてあげたいけど、でも、


「顔険しすぎやで、自分」


覗き込むように私と目を合わせた彼。その距離に固まったまま、顔に熱が集まるのを感じていた。目を細めたまま笑う翔一は、本当にかっこよくて。


「嘘や、嘘。別に桃井のことなんか相談せぇへんわ。あいつは問題なしの敏腕マネージャーやし、完全に青峰のオカンやし」

話があるんはお前のことや。


ワントーン落としたその声に胸が高鳴った。意味深なその言葉に、少し眉を寄せる彼の顔。どうしよう。バカみたいな話だけど、すごく期待してる自分がいる。でも翔一に限ってそんなことあるはずないから。そう言い聞かせながら様子を伺っていると、彼は口を開いた。


「昼にな、諏佐から聞いたんやけど。お前最近元気ないて言うとったで」

「え、そんなことないよ」

「ほんまか?無理しなや」

「してないって。変わらないでしょ、去年までと」


やっぱり期待通りではなかったか...と思いつつ返事をしていると、いや、と小さく翔一が呟いた。


「ワシも気にしてたんや。なんや、三年になってからなまえと話す度に違和感あってな。無理矢理笑ってるっちゅーか」


なんかあったんか。

真剣な顔でそう聞く翔一。でも、何故かその目は少し意地悪く笑っているようで。ドキッとしながら見つめ返すと、ふわりと大きな手が頭にのせられた。


「なまえの作った笑顔とか、なんか言いたげやのに言えない顔とか、見るんあんまり好きやないわ」


ぽんぽんと手を弾ませて、また離れていった。なんなの、こいつ。私の考えてることはお見通しってこと?それでこんなこと言ったりやったり...


「家まで送るで」


翔一が隣に並んでまた歩き出す。私たちの間には何の隔たりもなくて。少し縮まった距離にまたドキドキしながら思うのだ。やっぱりこの男はずるい。


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