無事に朝練が終わって、着替えた真太郎と和成と一緒に教室へ向かう。隣からする制汗剤の爽やかな香りが鼻をかすめて、それが和成からのものだと分かってしまうから余計に意識してしまった。
「あ、その人」
席に着いたと同時に本を開いた真太郎。その表紙に目がいって、思わず話しかけた。
「知っているのか?」
「うん。前作から読んで、面白かったから。もしかして新作?」
「ああ」
「わ、いいな」
ちょっと見せて、と言うと、真太郎は栞を挟み直して渡してくれた。裏表紙のあらすじを追う。
「これ今度買おっかな」
「読み切ったら貸してやってもいいのだよ」
「ほんと?」
嘘などつかん、と本を受け取りながら呟く。ブリッジを押し上げて素っ気なく言う彼だけど、それが真太郎なりの優しさの一部。だから憎めないし、心地良いんだ。
そんなことを和成も言ってたっけ。
「なになに、それ面白いの?」
開かれることなく真太郎の手にあった本が和成によって抜き取られた。どうしよ。やっぱり心臓がおかしい。
「本など興味ないだろう」
「だって真ちゃんも舞羽も好きな作家、気になんじゃん」
でも難しそー、と真太郎に返す。
「俺でも読めると思う?」
ふいに和成の視線が私に向いて。普段と同じ笑顔だけど、昨日の顔が重なった。
「、うん。読めるよ。テンポ良いからどんどん引き込まれるってかんじで」
「舞羽が言うなら読んでみっかなあー。真ちゃん、舞羽の次貸してよ」
「お前に貸すことになるとは予想していなかったのだよ」
「俺、文学少年に目覚めるかも」
「有り得ないのだよ」
なんだか本当に、昨日のことがなかったようだ。和成は全然、私みたいに焦ってないし。
「真ちゃん?」
開きかけた本を閉じて、真太郎が立ち上がった。
「どこ行くの」
「構うな」
「え?」
忘れず犬のぬいぐるみを抱え、教室から出て行く真太郎。...出来ればいて欲しかったんだけど。
「......」
「......」
ほら、こうなるんだから。
真太郎が出て行ったドアをぼーっと眺めていると、しばらくして視界の端に映る彼。見られてるのは分かる。分かるんだけど......っ。
同時に顔が熱くなっていくのも分かる。
どうしたらいいの?真太郎戻ってきてよー...。
「舞羽」
もう、限界。
和成の声が私の名前を紡ぐだけで、きゅうってする。全身が。
こんなに意識してるのはきっと自分だけで。それが余計に恥ずかしくて、盗み見るように和成の方を見た。
「そんな、緊張すんなって」
申し訳なさそうにする和成に、ちょっと心が痛む。
「俺も、考えちゃうじゃん」
「う、ん」
「真ちゃん気付いてるっぽいけど」
「っ、そうなんだ...」
さすがだよな、と笑う和成に、上手く笑い返せない。
「俺、まじだからね」
和成と目があって。昨日を彷彿とさせる彼の表情に、また心臓が音を立てる。
「あんま、無理して欲しくはないけど。でも、待ってるよ」
「、はい」
「なーに敬語になってんの!」
くしゃりと頭を一瞬撫でて、和成は前を向いた。
その瞬間、明らかに赤面した私。髪を整えながら、和成の手の感触を思い出して、そのまま机に突っ伏した。
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