「ラスト一本!」
大坪先輩の声が体育館に響く。見事にみんながシュートを決めて、最後は真太郎の3P。シュッと音を立ててゴールをくぐったボールを、和成がキャッチした。
一年生を中心にコートのモップがけ。それを横目に、私はボールを拭いてはカゴへ、の機械作業をしていた。
「瀬戸、大丈夫か」
「あ、はい。あと三個で終わりです」
「相変わらず仕事速ェな」
「いえいえ」
Tシャツの裾で汗を拭う宮地先輩。野蛮なことを言うから怖がられてるけど、後輩思いな人で。マネージャーになって初めの頃、大坪先輩と同じくらい色々教えてくれたのが宮地先輩だった。
モップがけが終わり、一年が部室へと引き上げる。宮地先輩もその中に入っていって、私はそれを見届けながら最後のボールを入れた。
「ごめん、待った?」
「ぜーんぜん」
監督とスケジュールの確認をして体育館を出ると、和成が待っていた。
部活の後、一緒に帰ろ
あのときノートにはそう書いてあったんだ。
「んじゃ行きますか」
立ち上がった和成の横に並び、歩き始める。なんだかカップルみたいだ。そんなことを考えて、自分でむなしくなった。
「真太郎は?送るんじゃないの?」
「いいのいいの!今日は別でって言ってあるから」
「ヤな顔されたでしょ」
「明日おしるこを奢るのだよ。ってムッとしながら言われた」
似てない真太郎の口真似に、ぷっと笑うと和成も同じように笑った。
ゆっくりゆっくり、駅へと歩く。
真ちゃんがー...、宮地さんがー...、それでー...、と話し続ける和成に、相槌を打ちながら。
和成がしゃべって私が聞いて。これもいつものこと。コロコロ変わるその表情を盗み見ては、心がきゅってして。
「なあ、」
もう少しで駅に着く。
急に立ち止まった和成に合わせ、足を止めて振り返った。
「ん?」
目に入った彼の顔に、一瞬心臓が跳ねる。
ホークアイと呼ばれる和成の目が真っ直ぐ私を捉えていて。いつも人の目を見て話す彼の、その瞳が。視線が交わるだけで、胸が高鳴るその瞳が。
「あのさ、」
少し伏せがちになると、その長い睫毛が目の下に影を落とした。
「俺、舞羽のこと好きだわ」
「......え...?」
切れ長のそれが、また私の方を見る。
突然のことに思わず固まってしまった。和成はふっと優しい笑みを浮かべた。
「舞羽。俺と付き合ってください」
待って。待って待ってまって。
くらりとするのを感じながら、とにかく彼から目をそらす。
「か、ずなり。え、なに、どうしたの」
「だから、俺、舞羽が好き」
「そ、え、っと」
すき。
すき。
......好き?
今、和成、私に、
好きって、言った?
「ちょ、あの、え?和成、えと...冗談?だったり?」
「冗談じゃねーよ」
「いや、その、ほら。私そういうの慣れてない、から。こんなこと言われると、その...本気で考えちゃうっていうか...」
笑おうとしても、うまく笑えない。
それもこれも、彼の真剣な顔の所為。
「本気。見てよ、俺の目」
泳ぎまくっていた視線を移すと、和成は射抜くような目をしていた。
本気、だ。
彼がバスケをしているときの目と同じだから。
毎日その姿を追いかけて、一緒に一喜一憂して。
そして、彼に、和成に、恋をして。
和成の言葉や仕草にドキドキする度、だめだと言い聞かせてきた。違うって、言い聞かせてきた。
彼の優しさは、私だけに向けられているものじゃないって分かってたから。
だから。
「かず、なり」
「ん?」
反射的に目をそらしてしまう。無意識にスカートを掴み、爆発しそうな心臓にまた目眩を覚えた。
「あ、の」
「、だめ、か」
「、え?」
顔を上げると、和成は苦笑いを浮かべていた。
「あー、いや、ごめんな!急に言われても困るよな」
「ちが、」
「悪ィ!あんま、気にしないで」
行こっか、と歩き出す彼の笑顔は、無理しているそれで。こんな顔をさせたのが自分だと思うと、胸が、痛い。
「待って...!」
和成の鞄を引っ張ると、驚いた顔をして振り向いた。
「、舞羽?」
かあっと身体が熱くなる。
頭がぼーっとしていて、なんだか和成の周りがぼやけて見える。
耳まで届くのは、自分の心音。
「むり、とかじゃなくて」
上手く喋れない。
ちゃんと息が吸えない。
「びっくり、して。その、」
言葉に詰まる。
だめ。ほら、また和成が辛そうな顔してる。
こんな顔、見たくないよ。
「だめじゃないってこと?」
「う、うん」
「...可能性、ありってこと?」
唇をかみしめて頷くと、和成はふわりと微笑んだ。どこか、切なげに。
「無理はさせたくねーんだけど、さ」
「むりとかじゃ、ない、からっ」
「ふっ、そっか」
私の必死ぶりに笑う彼は、いつもより大人びていて。
「いつでもいいからさ。返事、待ってっから」
「うん」
ふと上がりかけた彼の手。中途半端な高さで止まったかと思うと、和成は視線を横にずらして照れたように笑った。
「行こ」
「うん」
迷ったその大きな手が私の腕に軽く触れて。
前を歩きだした背中に付いていく。その手はきっと、いつもみたいに頬をつまんでいたはずなのに。躊躇ったのは、本気、で、考えてくれているからなのかもしれない。
それに少し寂しいと感じる私は、わがままなんだろうか。
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