「ちゃんと来たじゃん」

「......なんでいんだよ」


昼休みの後半にさしかかった頃、寝起きの身体を引きずりながら玄関に入る。そこで待っていたのは、言わずもがな香坂だった。

壁に寄りかかっていた身体を起こし、俺を正面から見据える。その髪の毛には、今日も寝癖がついていた。


「迎えに来てやったのに、その物言いはどうかと思う」

「頼んだ覚えもねえ」


履きつぶした上履きを出すと、香坂が俺の太股辺りに後ろから回し蹴りを入れた。


「てめえ何しやがる」

「青峰が悪い」


にやー、と効果音が付きそうな顔をする香坂。次の瞬間、俺のブレザーの襟を引っ張り、低くなった俺の頭を撫でた。


「えらいえらい」


それでも埋めきれない身長差を、香坂は少し背伸びして補っていた。緩やかな笑顔がすぐ目の前にあって、なんとなくいつもの香坂とは別人に見えて。


「死ね」

「照れんな」

「いや、マジメに失せろ」

「青峰くん、こわーい」


怖いとか思ってねえだろ。おどけたように手を離した香坂。手が当たった感触がまだ残っている気がして、俺は髪をくしゃりと掴んだ。


「もっかいしてあげよっか」

「もういい。一生すんな」

「分かった。またやってあげるね」


会話が噛み合わない。だめだ。まともに会話してると、俺がバカみたいじゃねえかよ。


「あ、青峰やん」


香坂の後ろから歩いてきた関西弁に目をやる。


「なんや、午後出勤?えらい生意気やなあ」


今吉翔一。面倒臭いのが、また増えた。

今吉さんの声に少し遅れて振り返った香坂は、うわ、と言って俺を盾にするように背中に回った。


「ん?青峰、背後におるん香坂ちゃんやないの?」

「そうっすよ」


肯定を示したら、背中に衝撃。殴りやがったこいつ。


「青峰お前香坂ちゃんと仲良かったんや」

「こいつが一方的に絡んでくるだけだよ」

「黙れガングロまじで黙って」


小声で言いながら、香坂はドスドス拳で殴り始めた。


「香坂ちゃん」

「...人違いです」

「何言うてるん。青峰が言っとったやないか」

「目がイッちゃっててナントカさんに見えただけです」

「相変わらずつれないやっちゃなあ」


全身を完全に俺に隠した香坂と今吉さんが意味不明な会話を繰り広げる。俺を挟むな。


「つーか、あんたらどういう繋がりな訳?」

「......ナンパされた」

「はぁ?」


ボソッと香坂が呟くと、今吉さんが笑った。


「そないな言い方ないやろー」

「マジでしたのかよ。あんた趣味悪ィぞ」

「あとで覚えてろ」


押し殺した声で香坂が背後から圧をかけてくる。目の前の今吉さんは、ちゃうちゃう、と手を振りながら言った。


「ナンパやのうて、勧誘や。お誘い」

「セフレの?相手間違ってるだろ」

「青峰絶滅しろ」

「お前、そういうことさらっと真顔で言うな。そんなんちゃうわ。マネージャーのお誘いや」


マネージャー?こいつが?なんで?


「ワシと香坂ちゃんの出会いは経緯が長いんで、まあそのうち話たるな」


いや、別にどうでもいい。


「香坂ちゃん。ほんまにやってくれへん?」

「改めましてお断りします」

「せやかて、香坂ちゃん好きやん。バスケ」

「好きって言っても、観戦するのが好きなだけです。それに、さつきちゃんで十分じゃないですか」

「桃井は情報収集でよく居らへんねん。せやから、普通の仕事してくれる子が欲しいねんけどー」

「雑用......」


じとっとした目で今吉さんを見ている香坂。や、後ろだからあくまで予想だけど。


「なんでそう人聞きの悪い風にしか言わんのー。あれやで。マネになったら、大好きなバスケ毎日見れるんで」

「そんなんでつられません」

「ワシも青峰も、香坂ちゃん居ったら嬉しいわぁ」

「俺を巻き込むな」

「青峰は練習いないだろ」

「それに、毎日鍛えた男の二の腕拝めるで」


なんだよ、その変態発言は。ぜってー香坂引いてるよな。そう思って振り返ると、


「......二の腕」

「おいっ。お前悩むとこずれてるから!」


悶々と悩むバカがいた。


「あわよくば、腹筋チラリ...」


やめろ腹黒メガネ。

香坂もアホか。まじで悩んでんじゃねえよ。変態が。


「青峰」


きりっとした顔で香坂は俺を見上げた。


「男の上腕二頭筋は正義だ」

「逝ってこい」


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