嘘、だろ。
「おはよう、青峰くん」
...いや、何も見なかった。何も聞こえなかった。
斜め下に映る(ような気がするだけの)それを無視して、教室へと足を進める。
「ちょ、速い速い!足の長さ考えろ!」
駆け足で付いて来るのは、昨日の。
「おーい青峰くん」
「っ、んだようっせーな」
「うおっ」
急に止まらないでよー。と言うコイツは、昨日の。
「おはよ、青峰くん」
昨日の、お節介野郎だ。
「て、おい無視するなや!」
関わりたくねえ。初対面のくせに練習しろだの、負けたら許さねえだの。
俺が負けるなんてありえねえ。
コイツは面倒臭ェ。そんだけ。
「うりゃっ!」
「っ、うぇ」
ぐいと引っ張られた後ろ襟。またあの憎たらしい笑顔を浮かべるコイツを睨みつけた。
「名前」
「はあ?」
「私の名前。覚えてないでしょ」
「よく分かってんじゃん。だったら聞くなよ」
「自信満々に言う事じゃねーだろ!」
香坂陽和乃。
澄んだ声でそう言うと、コイツは、香坂は掴んだままの俺の制服を引っ張った。
「青峰くん。青峰って呼んでいい?」
「勝手にしろ」
「じゃあ、香坂と呼ぶことを許可しよう!」
......何だよこの上から目線。
しかも、どんなに俺が睨んでもコイツはへっちゃらで笑っていて。つくづく変な女だと思う。
「はよ、はよ、」
「あー......」
「はーよー!」
「わーったからあっち行け」
「分かってないじゃんか!友達記念に名を呼べ、少年!」
友達記念て。小学生かっつの。
「つーか、付いてくんなよ」
教室のドアの前で立ち止まると、香坂は、は?と言った。
「付いてくるってか、言ったじゃん。私、君と同じクラス」
......そんなこと、言ってたような、言ってないような。
「ほーらぁ、早く入ってよ。図体デカいんだから、入り口で止まってると通行の妨げになるの!」
あーもー。なんかしらねえけど、コイツのペースに飲まれてる気がして気に食わねえ。
教室に入ると、香坂は俺の肩を叩いて自分の机に向かっていった。
「桜井くんおはよーっ」
「あ、香坂さん!おはようこざいます!スイマセン!」
「朝から可愛いねー、君はっ!」
「えええ!スイマセン!」
こんなうるさい変人がいたなんて。
「......香坂、ね」
厄介なのに目付けられたな。
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