青峰は毎日部活(実際してるかどうかは別の話)。私も毎日バイト。
さつきちゃんから青峰に勉強を教えることを依頼されてから一週間経ったけれど、案の定予定が合わない私たち。一応休み時間には青峰の席に行って、課題でもある問題集の進み具合をチェックしている。でもこれじゃ全然足りなさそうだというのが感想だ。始めた頃は問題集も教科書も新品同然だったんだから仕方ない。できれば平均以上...なんて話も聞いた気がするけど、SVOCも分からないやつにそれは無理だと思う。早々に諦め、目標はとにかく赤点回避だ。
「お、ちゃんと来たじゃん。いらっしゃいませ」
それをさつきちゃんに相談した結果、試験二週間前となる今週は部活の後に青峰を英語漬けにすることになった。
「なんでわざわざ来なきゃなんねーんだよ」
「しょうがないでしょ。バイト入ってるのは断れないもん」
そう、私のバイト先で。
「そうだよ。バイトの傍ら教えてくれるんだから、むしろ感謝しなきゃでしょ!」
後からお店に入ってきたさつきちゃんが渋る青峰の背中を押す。今日はここまでの案内と強制連行を兼ねて同伴してくれたらしい。二人をカウンターの席に座るよう促し、メニューを広げて置いた。
「何にしようかなあ。きーちゃんと来たときとは違うのにしようかな」
「全部おすすめ。コーヒーは挽きたてだから香りも良いよ」
「じゃあ私それにする!青峰くんは?」
「なんでもいーよ」
「そしたらコーヒー二つね。かしこまりました」
オーナーである神永さんに注文を伝え、用意してもらっている間に私は洗い終えたカップを拭く作業に移る。前に座る青峰に目をやると、けだるげに鞄を漁って自ら問題集を広げていた。ちょっとびっくりだ。
「なになに、やる気だして。良いことだけどさ」
思わずニヤニヤした顔のままそう言うと、案の定鬱陶しいと言わんばかりの態度を取られた。もう慣れたから何ともないもんね!
「今吉さんが上手いこと餌をねー」
「エサ?」
さつきちゃんが意味深に微笑む。
「ちゃんと全教科赤点回避出来たら、マイちゃんの新しい写真集買ってやるって。そしたらちょっとはやる気出たみたい」
「そこはバスケのために頑張るんじゃないの」
でも今吉さん上手いな。てめぇら邪魔したいのかよ、と文句を垂れつつも実際のところ青峰の視線はちゃんと手元にある。解けているかどうかは別問題だけれど。
「はい、お待たせしました」
出来立てのコーヒーを二人の目の前に置く。ふわりといい香り。
さつきちゃんは笑顔で口をつけ、美味しいと言ってくれた。
「あと十五分したら休憩入るから、それまでにはこのページ終わらせておいてよね」
シャーペンの後ろで頭を掻きながら問題集とにらめっこしている青峰に指示を出し、カウンターから出て他のお客さんの水を注ぎ足しにいく。この空間に青峰がいるという事実は浮足立つが、バイトはバイト。ちゃんと仕事はこなさないと。
しばらくして洗い物をしていた私に神永さんから声がかかって。休憩に入っていいよ、と言いながらいつもよりニコニコ度が増していた気がするのは気のせいじゃないだろう。
エプロンを外して青峰の横に座る。あと少しで終わるかな。
「がーんばれー」
「ちょっと黙ってろ」
「つれない」
私たちのやり取りにさつきちゃんがクスリと笑う。
終わったぞ、と差し出された問題集に目をやると、空欄がありつつも埋まっているところも多くて。少しほっとしたけれど、よく見てみれば珍回答の連続だった。
「まあよく埋めたよ」
「埋める努力が大事って今吉さんに言われてたもんね」
「間違っちゃいない気もするけど、それはこう...レベルがもう少し高い人に贈る言葉なような気もする?」
「文句多いヤツだな。いいだろ別に」
「うん...うん、まあ、うん」
なんとなくドヤ顔で見降ろしてくる感じ腹立つ。けどその顔好き、かっこいい。
どうせそれを伝えても引かれるだろうし、神永さんもいるからここは自重しておこう。
「はいどうぞ。がんばる学生さんにサービスね」
きょとんとする私たちの前には、お皿に盛られたサンドイッチ。差し出した本人である神永さんは柔らかい笑みを浮かべている。
「お腹空いたんじゃないかと思って。それに、陽和乃ちゃんの彼氏さんとお友達なんでしょう?」
......そう伝えてたの忘れてた。
ありがとうございますー!と手に取る私とさつきちゃんの間で、青峰が頬を引きつらせているのが見えた。
あとで殺られるかもしれない。
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