【桐皇、IH進出決めたよ!】


そんなメールが入ったのは、昨日の夜だった。さつきちゃんに、おめでとう、と返すも心中は複雑だった。


そして今、私はある人物から身を隠して携帯をいじっている。時は放課後。バイトはオフだから、まあ時間はあるんだけど。

宛先はさつきちゃん。私を呼び出した張本人だ。


[着いたんだけどさ、まだ来てないよね?]


返信を待ちつつ、壁越しに様子をうかがう。確かに考えてみれば、ね。そうなんだけど。でもさ。

チカチカと点滅して受信を知らせる携帯。


【青峰くん、そこにいる?】


おい、無視か。私の質問は無視なのか。


[いるよいてはいけないと思うけどね]

【やっぱり。部活には来て欲しいけど、今日は特別見逃すことにするから、】


「がんばって!...っておいっ!」


小声で携帯にツッコミを入れるが、それも虚しく。足の力が抜けそうなのを壁にもたれて支えた。

話があるっていうのは嘘なのね。初めからこれを狙ってたわけね。さすがとしか言いようがないよさつきちゃん。


つまりは、全然喋らなくなった私と青峰に話す機会を持たせようとしてくれたんだろう。ちらりと見える青に、思わずため息が出た。

だって気まずいもん。自分できっかけ作っといてそりゃないでしょ、とも思うけど。

どうしよう。此処であえて接触しないで、帰ることも出来る。でも、なんとなくそうし辛いのはさつきちゃんが頭を過ぎるから。

この距離感が辛いと感じている心に、嘘はつけない。でも、なあ...。


「ため息ばっかつかれてると、気分悪ィんだけど」

「っ!」


いつもの如く機嫌の悪そうな声がして。えっ、と。今のは私に言った、んだよね...?

そっと青峰がいるほうを覗くと、特に体勢は変わってなくて。どうすればいい。柄にもなく緊張が走る。


青峰を見ながらその場に立ち尽くしていると、小さくため息をつく音がして。そして青峰は、のそのそと身体を動かして、


「......」


寝そべったまま、頭の方に人一人が座れるくらいのスペースを空けた。

来い、ってことでいいんだろうか。

その光景に目を丸くしつつ、ゆっくり近付く。いつかのように、青峰は目をつぶっていて。こんなに近くに来たのは、あの日以来、かな。

緊張しながらも空いた空間に座ると、ベンチは軋んだ音を立てた。


静かで、時折部活をする生徒の声が聞こえる。見下ろせばすぐそばに青峰の顔。男らしくて、それでいて綺麗なそれに、不思議な気持ちが湧いていた。


「決勝リーグ」


沈黙の中で呟かれた言葉。それだけ言って青峰はまた口を閉ざした。少しの間をおいて、さほど大きくもない、でも心地いい声が私の鼓膜を震わせる。


「同中の奴と試合したんだわ」

「...誠凛、でしょ?テツくん」

「......ああ」


テツくん、という単語に、伏せていた目を開いて。一瞬驚いたようだったが、青峰は合点がいったのか納得してから空をじっと見つめていた。


「勝った」

「うん」

「完全に負け試合なのに、テツは...諦めたくねえって抗ってた」

「うん」

「...勝ったのに、やっぱ嬉しくねぇ。なんも感じねぇ」

「......」


何を言われるかと構えていたのが嘘みたいに、私と青峰の間に流れる空気は不思議と穏やかだった。


「ロッカーで、先輩殴りかけた。テツのこと馬鹿にしてて、...腹立った。なんでか分かんねえ。でも、ムカついた」

「そっか...」


ぽつり、ぽつり。

青峰が静かに呟く言葉ひとつひとつが、私の中に染み込んでいく。

じっと空を、空よりももっと遠く...遠い過去を見るかのような青峰を横目に、私は膝の上で握りしめた手を見つめた。


「俺はもう、心からバスケを楽しむことは出来ない」

俺に勝てるのは俺だけだ。


試合の後言っていたのと同じ台詞。でも、あの時とは違う、どこか...寂しげな響きがあって。


きっと分かっているんだ。

勝っても何も感じない。

負けてても諦めずに立ち向かってきたテツくんを馬鹿にされたときの苛立ち。

その理由は全部、彼の心にある。


それを直視出来ないだけ。

それが青峰の、壁であり、弱さなんだ。


「中学の途中からだった。だんだん俺がずば抜けて強くなって、周りの奴らが引いていくようになった。競る相手がいない。誰もボールを取りに来ない。そんなのバスケじゃねえ」

「うん」

「だから俺は練習しねえ。本気も出さねえ」


うん、と私は返した。そこで青峰の言葉は途切れて、静寂が訪れる。


「ねえ、」


青峰の顔を見つめる。すると青峰も、私を真っ直ぐに見つめ返してきた。


「バスケ、好き?」


テツくんのいるチームはかなり伸びしろがあると、さつきちゃんが話していた。彼女曰く、中学を共にした他の4人も、バラバラに全国の強豪校にいると言う。


「当たり前だろ」


今までとは違う。

青峰の壁を壊してくれる人は、たくさんいる。

それに、


「そっか」


青峰自身が壊すときが来るだろう。

だって、こんなに迷いもなく、バスケが好きだと言うんだから。


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