「はぁ」
胡散臭いため息を吐くメガネ。香坂がいなくなったこの場に残されたのは、俺とレギュラー、さつきという面倒なメンツ。
「しゃーないやっちゃなー、ほーんま。試合後にイチャコラするん見せつけられる俺らの身ィにもなり?」
なあ諏佐?と話を振る今吉さん。たち悪ィのはどっちだと言いたい。あんだけ大声出してたんだから、聞こえてたクセに。
「それにしても、香坂ちゃん可愛ええカッコしよったな。諏佐ちゃんと見たか?」
「ああ......なあ今吉、」
どいつもこいつも腹が立つ。
胸の奥がチリチリするのを感じながら、いつの間にか肩から落ちていたスポバを持ち上げた。何か言いたげなさつきの視線を無視してこいつらに背を向け歩き出す。
「青峰」
頼むから今は放っておいて欲しい。
そう思いつつ、俺は足を止めた。
「香坂ちゃんに言われたんがどれだけお前に影響するんかは知らん」
足音が近付いてきて、背後で止まる。
「でもな。あの子は部外者。せやろ?お前はそのまま、なんも変える必要ない」
さっきまでのチャラけた口調は無く、ただひたすらに、冷酷で。
「お前はうちのエースや。勝てればええ」
知ってる。言われなくても分かってる。
「俺らの信頼裏切るようなことしなや」
「あんなことで、俺がどうにかなるとでも思ってんのかよ。なめんな」
「確認や、確認ー」
けろりと言いのけるこの男は、何者なんだろうか。
「おい青峰!」
「ええわええわ。お疲れさんー」
若松さんのうるさい声と同時に、さつきの俺を呼ぶ声も聞こえた気がした。振り返ることなく歩き、
「っ、クソッ!」
角を曲がった所で、拳を壁に叩きつけた。その瞬間浮かんできたのは、同じ様に殴りつけたときの香坂の顔。
強くつぶられた目は、開いて俺を捉えたとき、見たこともないほど揺れていた。
食ってかかって俺のプレーを否定する香坂に、ただただ苛立って。
あんなことを俺に言ってくるヤツは、今まで一人もいなかった。誰もが俺のプレーをヘドが出るほど賞賛して、勝手に騒ぎ立てて。なのにそれを、あいつは面白くないと言った。最低だった、と。そう言ったも同然だった。
あいつは俺の気持ちなんて知らない。中学のとき、何を感じ、何を思ったのか。微塵も知らないのに。
それを正々堂々と、認めやがった。
馬鹿みてえに真っ直ぐに、俺の目を見て。
そして、あいつは言ったんだ。
もっといい顔でプレーしろと。
「それが出来りゃあ苦労しねえんだよ...!」
香坂の声が頭で響く度、何故か苦しくなる。なんでだ。なんでだよ。
なんでお前は、そこまで俺に入り込んでくるんだ。
やめろ。やめろ。やめろ。
でも、何処かで思っている自分がいる。
でも、見ないふりをする。
俺はもう、変われない。
変わらなくていい。
何処まで行けば、底にたどり着くんだろうか。
差し込む光が見えなくなるまで、ただ沈んでいく。
それでも、俺は。
(たすけて。)
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