「あお、みね...」


ジャージにスポバを下げ、肩にはタオル。試合後とは思えないほど、青峰は汗を感じさせず、落ち着き払っていた。


「他の人たちは?」


普通なら、黄瀬くんの言う通りお疲れ様の一言があってもいいだろう。でもやっぱり、こいつにその言葉はいらないと思ったのは間違いじゃなかった。


「あ?あー...まだミーティングしてんじゃね?」

「抜けて、きたんだ」

「ダリィじゃん。そんなの」


あー、と言いながら青峰は首の後ろを掻いた。

冷静になっていたはずなのに、心臓がバクバク言い始めて。一方、胸はむかむかしていて。


「あのさ」


気づいたら、声が出ていた。


「試合、観てた」

「あっそ。言ったろ?余裕で勝つって」

「全然面白くなかった」

「そりゃーな」

「違う。圧勝だったからじゃ、ない」


は?と青峰が私を見た。


「桐皇のバスケが、青峰の、バスケが、つまんなかった...!」


ぐっと眉をひそめる青峰。


「確かに凄かったよ。青峰も、桜井くんも、今吉先輩たちも。でも、全然興奮しなかった。一緒に熱くなれなかった。ねえ、なんで?なんで青峰たちは、そんなにつまらなそうにバスケをするの...!?」

「お前何言ってんの」

「シュート決めても少しも喜ばないし!チームメイトとも何もない!こんなに観てて楽しくなかった試合は初めて!」

「おい」

「私が観たかったのは、こんなバスケじゃない!」


溢れるように口から言葉が出ていって。青峰の顔を真っ直ぐ見て言い放つと、背の高い彼は私を見下ろした。

その目に光はなかった。


「何でお前がそんなにキレてんだよ。お前がどう思おうと勝手だけど、観てたんなら分かんだろ。相手になんねーんだよ。俺に勝てるのは俺だけだ」


なに、それ。


「気ィ済んだんなら帰れよ。疲れてんの、俺」


おかしいよ。

ねえ、青峰。


「っ、おまっ、」

「何言ってんのあんた馬鹿じゃないの!?」


背を向けて歩き出した青峰の腕を引っ張って。ああ、スポーツマンの凛々しい腕だ、なんてどこかで考えている自分がいた。

眉間の皺をさらに深くした青峰が苛立ちを持った目で私を捉える。


「そんなの分かってるよ!青峰がバカみたいに強いのなんて、素人でも分かる!でも!それでも!もっと楽しんでプレーしなよ!」

「黙れ」


掴んでいた手を振りほどかれ、その拍子に身体がふらついた。青峰は見たこともないくらい冷めた表情で、でも、すごく怒気を纏っていた。


「さっきから聞いてりゃーさ。お前まじ何なんだよ」

「あ、おみね」

「知ったような口ききやがって」


じりじりと近付いてくる青峰は、獣のようで。思わず後ずさると、しばらくして壁に背中が当たった。


「俺がどんな思いしてるかも知らねえで好き勝手言ってんじゃねえよ」

「し、知らないよっ...!」

「...あ?」


ひゅうっと呼吸が浅くなる。冷たい青峰の視線で、息が上手く出来ない。


「知るわけ無いじゃん!知らない、けど、知らないけど...っ!私は青峰に、もっとバスケを楽しんでやって欲しいよ!青峰ならもっともっといい顔でいいプレーできるはずだからっ」


それが、見たいだけなんだよ。

今の君は、光が鈍くて。

もっと輝けるはずなんだ。

青峰。


「るせーっつってんだろ!」

「──っ!」


ダン、と顔のすぐ横の壁が音を立てた。咄嗟につぶった目を開けると、青峰が拳を叩きつけていた。

初めて本気で声を荒げて怒った彼に対して、怖いとは思わなかった。


「そこまでや、青峰」


青峰で遮られた視界の後ろからした声。


「見苦しいで。女の子に手ェ上げるん」


青峰がゆっくり腕を下ろし、そちらを振り向く。その背中越しにいたのは、今吉先輩と桜井くん、さつきちゃん、そして何人かのバスケ部の人だった。


「青峰。お前言う割には女の子扱うんヘタやなあ」

「は?」

「壁ドンて、そないに脅すもんやないで。香坂ちゃんかわいそうやん」


なあ?と青峰越しに私を覗き込む今吉先輩。その口元にはいつもの笑みが浮かんでいて。その笑顔に、怖気が走った。

なんか訳わかんないことになってる。この空気は一体。

青峰を見ると、もう私も誰のことも視界に入れず、どこか遠くを見ていた。


「失礼します」


あらら、とわざとらしく言う今吉先輩の声。私の名前を小さく呼ぶ、さつきちゃんの声。

振り向くこともせず、私はその場を後にした。角を曲がって額に手を当てると、うっすらと汗が浮かんでいた。


「っ、はあっ」


深く潜っていた海から上がったかのように荒い息。鼓動が耳まで届くほどにうるさい。

君にどれだけ伝わっただろう。

君はどんな気持ちでいたんだろう。

私はどれだけ、君を傷付けたんだろう。

青峰。もっと君を知りたいよ。


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