試合終了。言わずもがな、桐皇のトリプルスコアでの勝利。
並んで挨拶する彼らを見ることもなく、私は席を立った。
観客もわらわらと帰り始める。人の間を縫って向かうは選手控え室。どうしても、あいつに会いたかった。
「......」
それはいいけど、バカか私。場所分かんないし。立ち止まって関係者に聞こうかと辺りを見渡す。ジャージ姿の色々な学校の選手がいる。けど、見知らぬ人に話しかけられるタイプじゃないんだよ私は。
早くしないと、あいつらが帰っちゃうかもしれない。うろうろ歩いていると、
「、あれって...!」
すらりとした背に、目立つ金色の髪。記憶に新しいグレーのブレザーで、バスケ会場にいると言えば、彼しか思い当たらない。
人をかき分けながら彼の元へと急ぐ。そんなに親しいわけではないが、今は頼るしかない。
覚悟を決めて、大きく息を吸った。
「黄瀬涼太っ、くんっ!」
喧騒に負けない声で名前を呼ぶ。フルネーム呼び捨てになりかけたのは、見過ごして欲しい。
黄瀬くんは歩みを止めて振り返った。私を視界に捉えると、大きな目を更に大きくして。
「、陽和乃ちゃん?」
わ、覚えててくれたんだ。さすがモデル。でも、申し訳ないけど今はそれどころじゃない。
駆け寄って前に立つと、黄瀬くんは久しぶりっスね!と笑顔を作った。
「あの、選手控え室ってどこなのかな?」
「え?」
「青峰、まだそこにいるよね?」
「あー...うん。たぶんいると思う」
「あの、場所教えてもらえませんか?」
だめだ。やっぱり敬語が出てしまう。
「先輩。この子、ちょっと案内してきていいっスか?」
黄瀬くんが隣にいた同じ制服の人に尋ねる。先輩、だったんだ。私がその人を見ると、一瞬合った目をそらされてしまった。
「別にいいけど、ロッカールームは関係者以外入れないぞ」
「あ、そっか。陽和乃ちゃん。その手前まででもいいっスか」
「はい、全然...」
「じゃー行ってきまーす」
陽和乃ちゃんこっち、と歩き出す黄瀬くん。案内してもらうつもりはなかったんだけど。黄瀬くんの先輩にすみません、と小さく頭を下げて、彼の背中を追った。
「観に来てたんスね」
「うん。バスケ好きなんだ」
そう言って、ぎゅっと手に力を込めた。
「青峰っち、相変わらず凄かったっスねー。高校入って更に強さが増したっていうか。あ、もしかして陽和乃ちゃん。青峰っちに一番にお疲れ様って言いたいんスね!いいなあー、そんな彼女。きっと青峰っちも」
「違う」
「...へ?」
思いの外、出た声はかすれていて。
違うよ黄瀬くん。そんな可愛い話じゃない。
「お疲れ様なんて言う必要もないよ。あいつは疲れなんてこれっぽっちも感じてない。私は怒ってるの。青峰に、文句を言いたいの」
「文、句...」
「...あんな試合、観たくなかった」
「陽和乃ちゃん......」
黄瀬くんを横目で見ると、いつもの笑顔はなくて複雑な表情をしていた。
「なんかごめん、なさい」
「いやいや......びっくりしたっスけど」
そりゃそうだよね。黄瀬くんにこんなことを言ってしまったことに、少しの後悔が生まれた。
「でも、安心したっス!」
「え?」
歩みを止めた黄瀬くんの顔を正面から見ると、その顔には笑顔があって。優しげに目を細めた黄瀬くんに少し顔が熱くなった。
「青峰っちが陽和乃ちゃんと出会って良かった。きっと大丈夫っスね、青峰っちは」
「、どういう...?」
話が掴めない。でも、黄瀬くんは満足そうに一人頷いていた。
「此処で待ってれば、青峰っち出てくるはずだから。じゃ、俺行くっスね」
「あ、うん。ありがとうございました!」
「いーえ!ちゃんと言いたいこと、全部ぶつけるんスよ!陽和乃っち!」
歩き去りながら振り返ってそう言い、黄瀬くんは絵になるようなウインクをした。遠くなる背中に思うことはただひとつ。
「(陽和乃っち、って...)」
全部ぶつける、か。
壁に背中を預けて天井を仰ぐ。黄瀬くんが言っていた安心が何なのかは分からないけれど、とにかくこの思いを青峰に伝えよう。
「、お前」
深呼吸をした直後、静かなホールに低い声が響いた。
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