最近よく香坂といる気がする。
いるっつっても、俺が良のところに行ったら不可抗力であっちまうとか、あいつが話しかけてくるとか。
初めはうるせえだけだと思ってたけど、正直今は楽しんでいたりする。悔しいけど。
「青峰。珍しく授業受けてると思ったら、いるだけか。なめるのも大概にしろ!」
堀北マイちゃんの写真集から顔を上げると、数学のオヤジが俺を睨みつけていた。
「っせーな。いいじゃん、いるんだから」
「単位数が足りずに留年するのを防ぎたいのか。それでもな、こんな授業態度の奴に単位をやるほど俺は甘くないんだよ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るオヤジ。クラスの奴らは振り返って俺を見ることもなく、下を向いて黙っていた。
「人の話を聞いてるのか!」
教壇から下り、一直線に俺の机へ向かってくる。横に来て俺を睨み下ろすから、音を立てて立ち上がってやった。俺なんかより断然低い身長で、ハゲかけたそれを見下ろすことになった。
一瞬怯んだものの、負けじと睨んでくる。だんだん生徒も盗み見るように俺に目を向け始めた。
「教師に対してその態度はなんなんだ!お前、バスケのエースだか何だか知らんが、まともに部活にも出ない奴が」
「黙れよ」
うっせーんだよ。ピーピー騒いでんじゃねえ。胸ぐらを掴んで軽く持ち上げると、ざわめきが起こった。
そして、授業終了を告げる鐘が鳴る。
「せんせー」
一際大きく、凛とした声が響いて。そのままの体勢でそっちを見ると、香坂が手を挙げていた。目が合うと、にやりと笑った。
「次体育なんで、早く終わりません?」
この状況でよく言える。普通は言えないだろうが、香坂は普通じゃない。
胸ぐらを離すと、オヤジはむせつつ前に戻っていった。香坂はその背中に向かって、いー、という顔をしていて。
号令もなく終わった授業。息を吹き返したように生徒たちは着替えはじめ、俺もだらだら動き始めた。
「青峰、あんたアホでしょ」
体育館へ移動しながら、歩いていた俺の横に並んですぐ香坂が呟いた。
「教師の胸ぐら掴むとか、ヤンキーかお前は。まじで嫌われるよ?」
「どーでもいいわ」
「またそういうこと言う」
まったく、と香坂はため息をついた。少し視線を下ろすと、香坂の頭が見えて。今日は髪を結んでいるようだが、その毛先は外内いろんな方向に跳ねていた。
「お前もバカだよな」
「は?だから、私は頭良いって」
「そーゆー問題じゃねえよ。あの空気で声上げるとか、やっぱお前普通じゃないわ」
「やっぱって何」
「そのまんま」
回し蹴りが俺の股を狙ってきたので、軽く避けると香坂は少しふらつきながら俺を睨んだ。
「ざまあ」
「避けんなよ」
腕にパンチを入れられたが、残念ながら全く痛くなかった。
「感謝しなさいよ。救ってあげたんだから」
確かに、あのまま香坂が声かけなかったら俺はあいつを投げ飛ばしたかもしれない。あの空気から俺たちを解放したのは、こいつの一声だった。悔しいけど。
「お昼休み、ジュース奢れ」
俺を見上げた顔は、真剣そのもの。そんなにジュース恋しいかよ、と思いつつ、
「わーったよ」
「え、まじまじ!?」
やったー!と横で跳ねる香坂を見ながら、
「俺の分、お前買えよ」
「ちょっと待てそれプラマイゼロじゃん」
少し笑いがこぼれた。
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