今吉先輩と別れてから、少し余った休み時間。学校に来たとはいっても授業を受ける気はからっきしらしく、青峰の鞄は空に等しかった。中身がなんだったのかは、あえて言わないでおこう。


「だから、お前付いて来んなよ」


後に続いて屋上に踏み入ると、振り返った青峰の眉間には皺が寄っていた。


「此処に誰が来たって自由でしょ」

「授業行けよ」

「まだ15分あるもん。てか、あんたも授業出ろよ」


答えることなく、青峰はフェンスに背を預けて座り込む。私もその隣に少し間をあけて座ると、横目でこちらを見てからため息をついた。

会話のない私たちの間を、春のゆるやかな風が通り過ぎる。このままサボってみたい。結構真面目な私は、授業をサボるなんてしたことない。この男と違って。


「青峰。私サボったことない」

「......」

「このまま一緒にサボって、愛の逃避行をしよう」

「お前ってさ、バカなの?」

「頭良いよ」

「冗談は大概にしろ」


うそ、じゃないんだけどな。少なくとも青峰よりは頭良い。


「安心してね。私、どんなに頼まれてもマネしないから」


空を見上げると、雲がふわりと流れていた。


「......好きにしろ」

「うん。しない」


さつきちゃんがいるから、でもない。青峰が練習にいないから、でもない。


「私、バスケ好きなんだ」


返事はないけど、勝手に話を進める。こんなでも、意外と聞いてくれているということが分かって。


「でもね。ルールとか、全っ然分かんない」

「は?」

「変でしょ?」


顔をこちらに向けた青峰に笑いかけると、ふい、とそらされた。


「ぜーんぜん、知らないの。あ、スリーポイントとか、そういうのは分かるよ」

「それ知らなかったらヤバいだろ」

「でも、青峰スリーとか打たないんじゃない?ダンクとかのが似合いそう」


青峰から放たれる、強烈なダンクシュート。絶対、かっこいい。


「ルール知らねえで何が楽しいんだよ」


ぶっきらぼうに青峰が呟いた。


「楽しいよ。応援してるチームが勝つのはやっぱり嬉しいし、なにより試合中にキラキラしてる選手を見るのが楽しい」


コート上で、一心不乱にひとつのボールを追いかけて。バッシュのスキール音とか、緊迫感のある声とか。ゴールしたあとの、選手たちの笑顔とか。


「見てるだけで幸せになる」

「......」


また返してくれなかったけど、私も青峰の方を見たりはしなかった。きっと彼が練習に行かないのは、何か悩みがあるからなんだと思う。そんなの、分からないけど。きっとそうだと思うから、今の顔は、見ようと思わなかった。


「それに、バスケのユニフォームは二の腕がガッツリ見えるし」

「やめろ変態」


予鈴が鳴って、授業開始の五分前を告げた。スカートに付いたほこりを払って立ち上がる。


「青峰の試合、見に行ってあげるね」

「別に、」

「楽しみにしてるから」

「どーせトリプルスコアで勝つ」

「うん。勝てよ」


インターハイ予選。もちろん行く予定だったけど、青峰がいるから、絶対に行く。死んでも行く。


「さあ、学生の仕事に行こう」

「行かねー」


本格的に横になった青峰を確認して屋上のドアを閉めると、すごい音がした。

楽しみがひとつ、増えた気がした。


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