髪をさらさらと海風がさらう。太陽の光で輝く海を見ながら、ナマエは昔見た景色を思い出していた。
「ナマエー!」
振り向くと、甲板に出てきてこちらに駆け寄る白クマの姿があった。愛らしいその笑顔につられて笑うのは何度目だろうか。
「もうすぐ着くって!ほらっ!」
ナマエの横までくると、ベポははしゃぎながら前方を指差した。その先には小さく島が見える。ナマエは患者服のポケットからメモ帳を取り出した。
“春島?”
「うん!よく分かったね」
ベポににこりと微笑み返し、ナマエは空を見上げた。長い間航海してきたから、この温暖な気候と風の匂いで分かる。久しぶりに吸った外の空気はすうっとナマエに染み込んでいった。
「外に出て良いと許可した覚えはないんだが?」
二人揃って振り返ると、そこにはこの船の船長・ローがいた。不機嫌そうな顔をしているのは、寝起きだという所為もあるだろう。キャプテンおはよう、と嬉しそうにベポが言った。最も、今はちょうど昼に当たる時間帯だが。
「俺が出歩いて良いと言ったのは船内のみだ。あまり外の空気にさらされるな。すぐ体調崩すぞ」
ローがナマエに言った。言いつけのことは覚えていたが、ローの起床が遅いことを知ってそれまでこっそり出てきていたのだ。部屋に監禁されない航海自体が久しぶりで、外にどうしても行きたかったのである。
「えーっ」
ナマエの代わりに声を上げたのはベポ。ナマエを見ていたローがそちらに視線を移す。
「じゃあ、島についてもだめなの?」
一緒に買い物に行きたがっていたベポは、眉を下げながら言った。それを見てローははぁ、とため息をついた。
「買い物するんだろ?」
そんなことだろうと思っていた。だから、極力ナマエの体力を温存させなければと考えて外に出るなと言っておいたのに。ローの言葉の意味することが分かり、ベポは目を輝かせた。
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