打ち寄せた海水が足を浸し、また静かに砂をさらって引いていった。
ナマエは夜の海岸に立って海を見つめていた。昼間から着ていたつなぎはそのままに、足の裾を更に折って上げ、膝下くらいの長さにして素足を海に浸す。
ふと横を見るとそこには黄色い潜水艦にスマイルのマーク。ローの船だが、そのマークから頭に過ぎった顔は別人で。ナマエは振り払うように頭を振った。
(思い出したくない)
(顔も見たくない)
(...それでもどこかで、会いたいと思ってる)
ぎゅっと目をつぶったナマエは、瞼をあげて海を見据えた。
幼い頃、島から見た海。それは、自分の居場所を求めて見た憧れの海だった。そして、そこに居場所を得て幸せを掴んだ。紛れもない幸せな日々があった。
それを崩し去ったのも、この海だった。
そしてあの男に出会い、また言い表せないような不思議な日々を送った。望まないものだったが、それもまたひとつの幸せの形にさえなり得ると思っていた時もあった。
「......っ」
小さく呟いた、あの人の名前。それは静かな海岸でさえ、聞こえない。発せられない声に、ナマエは唇をかんだ。
「おいおい、ダメだ。そんな風に傷つけんじゃねェよ」
「っ!」
サッと走る怖気。目を見開き、手を握りしめたナマエは体を動かせずにいた。
後ろから聞こえた声。
その正体は、見なくてもこの体が覚えていた。
「なァ。少しでも綺麗なままの方がいいって教えただろ?」
こいつが。
「探したんだぜ?」
私の不幸の、すべての元凶。
運命を、狂わせた男。
「ナマエチャンよォ......!」
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