夏休みも残り一週間となった日曜日。親を経由して聞いたのは、凛帆たちが明日には帰ろうとしているということだった。来た当初はもう一週間いる予定だったらしいが、俺やさつきの手伝いがあったことで大分早く片付いたらしい。
それにしても、明日は急な話だった。
大会も近づいてきてさつきが俺を連行しようとすることも増えた。それでも腰を上げることはなく、いつも通り部屋で無駄に時間を過ごす。
キッチンに行こうと通ったリビングで、俺は足を止めた。
「...これ」
家族写真や大会で取った賞状、メダル。そんなものに興味を示したこともなかった。むしろそんなものを飾ることさえ馬鹿馬鹿しく感じていた。その中に見つけた、ひとつの写真。近づいて手に取ると、それは少し埃を被っていた。
バスケットボールを持ってピースする、小さい俺。その隣には二人の女の子がいて、片方はさつき、そして俺たちに挟まれるようにして笑顔を向けているのは凛帆だった。
こんな写真があるなんて、今まで気付かなかった。
フレームから引っ張り出すと、後ろにはまだ写真が入っていた。三人で昼寝をしているところ。公園で遊んで泥だらけになっているところ。懐かしい記憶を取り戻すように見ていると、また身体が熱く感じた。最後の一枚は、玄関先で撮ったものだった。凛帆の手には花や手紙が握られていて、さつきの鼻は赤い。俺は少し不機嫌そうにピースしていた。引っ越しの朝の写真だった。
あの日、絶対また遊ぼうねと言ったのを覚えている。でも結局俺たちが会うことはなくて。残された俺とさつきだけは幼馴染としての関係を続けていたが、もうそこに凛帆の姿はなかった。
もう会えないんだと思っていた。わかっていた。
子供のころは信じていても、成長すればそれが無理なことなんて容易に理解できた。
だからあの日、ストバスで再会したときには目を疑った。
そしてあの日、思い出していたんだ。
俺はずっと昔から、会えなくなった日からもずっと、心の中にあいつがいたんだと。
写真を置いて、玄関に向かう。サンダルをつっかけて外に出ながら電話をかけた。再会して番号を教えてもらってから、初めての電話だった。
「もしもし、俺だけど。今時間ねぇか」
どうしたの?とのんびりした凛帆の声が耳に入る。
「もし大丈夫なら...ストバスんとこ、来れるか」
気付けばもう夕方だった。空は赤く染まり始めている。
『わかった。今から行くね』
電話が切れたのを確認して、俺はフェンスにもたれかかった。自然に向かっていたのはあいつの家ではなく此処だったのだ。俺たちがよく遊んだ場所。そして、再会した場所。
呼び出しておきながら何を話そうかと頭を働かせる。衝動的すぎて、どうしたかったのかわからない。正直、何を伝えるかというよりも、きっと
「やっほ」
会いたかっただけなんだ。
「お待たせしました。どうしたの?」
俺の前に立って首を少し傾げる。
「いや、大したことないんだけどよ...明日帰るって聞いたから」
「そうなんだよね。急なんだけど、大輝とさっちゃんがすごい手伝ってくれたから早く終わっちゃったよ。ありがとう」
「おう」
「って、明日二人のおうちに行って言う予定だったのだが」
「そうか、」
「うん」
でも、もうちょっとこっちにいたかったな。
小さく呟かれたその言葉は確実に俺に届いていて。何か言おうと口を開きかけた瞬間、俯き加減になっていた顔が真っ直ぐにこちらを向いた。
「大輝と久しぶりにいっぱいいられて、楽しかった」
なんだよそれ。
もう会えないみたいな言い方に、焦った。
そんなの、もういやなんだよ。
「凛帆」
「なに?」
これ以上何かから逃げるなんてできないから。
バスケから逃げる俺が許されることじゃないかもしれないけど、でも、やっと気付けた自分の気持ちを失いたくはない。
「俺は」
俺は
「お前ともっと一緒にいてぇんだよ。もうどっか行くなよ」
「......」
「高校、こっちに帰って来いよ。お前のばあちゃん家からでも通えるだろ?さつきの家からでもいいじゃねえか。だから、」
凛帆の存在を離したくない。
「そばにいろ」
「...だいちゃん、」
咄嗟に出る呼び方、昔のままだって気付いてないだろ。昨日だってそうだったんだぜ?
大きく目を見開いたと思えば、どんどん顔から耳まで赤くなっていく様子は面白いくらいはっきりわかって。別に告白したわけでもないのに、こっちまで照れる勢いだった。そのまま凛帆はくしゃりと笑った。
「さっちゃんのおうちにお世話になるのは申し訳ないけど...そこまで言われたら、お母さんたちと相談して考えるしかないね。私ももっと、大輝と一緒にいたいもん」
確かに、あれは子供の恋だった。
でも、今こうやって再び動き出した俺の気持ちは本物だ。
もう失ったりしない。記憶の中に閉じ込めたりしない。
俺はもう一度、こいつに恋をするんだ。
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