「だいちゃん、だよね...?」
「、お前」
「やっぱりそうだ...!えっと、覚えてるかな。小さい頃よく一緒に遊んでた、朝風凛帆です」
当たり前だ。忘れてるわけがない。思っていてもそれを素直に言えることはなくて、あぁ、なんて素っ気ない返事になってしまう。それでもあいつは、よかったーと胸を撫で下ろしながら笑顔をみせた。その表情が記憶の中の笑顔と重なって。でもどこか大人びたそれに、思わず見入ってしまった。
微妙な距離を保って対峙する。どうすればいいのか分からなくて、とりあえずボールを拾ってフェンスの方へ移動する。それを見たあいつも恐る恐るついてきて、座った俺の横にしゃがみ込んだ。
「なんか、あれだね。久しぶりすぎて不思議な感じ」
「そうだな」
「あ、えっと...。うーん...。そうだよね、うん。なんかごめんね、馴れ馴れしくて...」
「いや、別に。いいんじゃねえの、昔あれだけ遊んでたんだし」
「覚えてる?」
「なんとなく」
「うん、私もなんとなく、覚えてる」
久しぶりな上になんとなく恥ずかしさもあって。何を話せばいいのか分からない俺には、一言返すので精一杯だった。
「聞いてた?私がこっち来ること」
「ああ...さっき、さつきから聞いた」
「さっちゃんとまだ仲良しなんだね!そっかあ、会いに行かないとなぁ」
俺たちの呼び方は昔と変わらないのに、そういえば一人称は名前じゃなくなったんだとか、そんな些細なことに気付いてしまう。
さっちゃん元気?だいちゃんのパパとママは?さっちゃんとは同じ中学なの?
質問に答えながら横目で見ると、丁度こっちを見ていたのと視線が交わった。
「だいちゃん、男らしくなったね」
目を細めて優しい笑顔を浮かべる。無邪気なだけだったはずの表情が当たり前だけど豊かに、そして大人っぽくなっていて。
「中三だからな」
お前も女らしくなったな、という言葉は飲み込んだ。なんとなく言えなかった。
「そうだよねー。最後に会ったのいつだっけ?引っ越し以来会ってないから、んー...10年くらい?」
「だな」
「だいちゃんに忘れられてたらどうしようかと思ったよ!私もだいちゃんだって分かるか不安だったけど」
覗き込むように俺の顔を見る。それだけで胸が熱くなって、視線をそらしてしまった。
俺もさつきも、昔とそこまで変わらないと思う。もちろんガタイだとか身長だとか、その辺は違う。そうは言っても、実際あいつが俺に気づいたように面影が残ってるんだろう。でも、ずっと見ていなかったこともあるのか、本当に初めは気づかなかった。それでも。
「話しかけてみてよかった」
目を奪われたことは事実だった。
「あ、ごめんね!バスケ中断させちゃって」
「別に。もう帰るとこだったし」
「本当に?じゃあ、だいちゃん家まで一緒に行こうかな」
「お前、今どこにいんの?」
つられて立ち上がると、同じくらいの目線だったのが急に俺の方が上になって。
「おばあちゃんの家。覚えてる?だいちゃん家から15分くらいのところにある」
さつきで見慣れてるはずの下からの視線も、なんだか新鮮に思える。
「あぁ......あの、ちょっとボロいやつ」
「そうそう!夏によく肝試しとかしたよねー」
「そこにいんの?」
「うん。お母さんと二人だけど」
あの家にはよく三人で遊びに行ったんだったな。回想しながら帰路についていると、なんとなく懐かしい気持ちになった。隣で歩くその姿に、自然と口が開いた。
「なんでこんな時期に帰ってきたんだよ」
「うーん。帰ってきたって言うのはちょっと違うかな...。とりあえず、掃除しに来たの。おばあちゃん家」
「掃除?」
「そう。今ね、おばあちゃん入院してるんだ。もうすぐ退院なんだけどね。それで、退院して家に帰ってきて、汚なかったら悲しいだろうなって思って。おじいちゃん死んじゃってから、一人暮らしだからさ。お母さんと一緒に掃除してあげようかって話になったんだ」
「そっか」
「うん。だから、また終わったら帰んなきゃなんだよね」
夏の生ぬるい風にのって、隣から少し甘い香り。決してキツイ香水の様なものではない。
さつきの言い方的に、もうずっとこっちにいるんだと思っていた。また離れてしまうのか。そう思うと、隣にいるのに遠く感じて。
「あれ。だいちゃん家こっちじゃなくない?」
「送ってくわ」
一瞬立ち止まったものの、前を行く俺に早足で追いついてきて。
「ありがと」
少しでも長くいたい、なんて柄にもないことを思う自分がいた。
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