もろい身体だな、と吐き捨てるように男が言う。ナマエは痛みからではなく、唇を強く噛み締めた。
だから嫌だ。
女は元々、男よりも柔に出来ていて。力でも、勝てなくて。体力も、何もかも、劣っていると感じてしまう。
「俺様に喧嘩を売ったのが運のツキってやつだ。さっき、アンタのご家族に連絡を入れたぜ。可愛いおてんば娘を引き取りに来いってな」
家族。そう言われてナマエの頭に浮かんだのは、別れた故郷の兄姉だった。
違う。違う。コイツが行っているのは、あの二人じゃない。
「......来ない」
「いいや、来るさ」
「来ないって、言ってんだろ!あたしは家族じゃない!娘なんかじゃない!」
目の前の男に言われたことで、僅かに生まれてしまった希望。かき消すように、ナマエは叫んだ。
「何をそんなに苛立ってる?」
ナマエとは対照的に、余裕を滲ませる表情で男がしゃがんでナマエと顔の高さを合わせた。鋭い目で睨み返すものの、血を流しすぎた所為か、徐々に視界が霞んでいた。
「あまり出過ぎたマネすんなよ...?人質はお前だけじゃねえ」
その言葉に、ナマエは少年を抱えていた腕に力を込めた。
「...この子には手を出させない」
「ほう?」
「絶対に護る」
ぐらりと身体が揺れる。虚勢を張っていられるのも何時までだろうか。どこかで冷静な自分が、自身に問いかけた。
「これでも、それが言えんのか!?」
腕を振り上げている様子が、ぼんやりと映り込む。咄嗟に背中を向けるように少年を庇うと、
「────ッ!」
肩から背中にかけて、刃が傷を付けた。下衆地味た笑い声が、遠くで響くように聞こえた。
「だい、じょうぶ?」
振り絞ってナマエがした問い掛けに、こくこくと頷く振動が伝わった。良かった。背中に熱を感じながら、ただそれだけを考えた。
「さすが白ひげんとこのクルーだ!女子供を護る、家族を護る!とんだお人好し集団だな!それが命取りになるんだよ...」
それを、今日、此処で、アイツらは思い知る。
耳元で囁かれたそれは、はっきりとナマエに届いて。ぞっと背筋が凍る感覚。そのまま何かされるかと身構えるも、男は気味の悪い笑いを上げながら離れていった。
お願いします。
こんな人騒がせな奴は放っておいても良いから。
どうか、この子を。
助けに来て。
けたたましい破壊音が響く。男たちの叫び声と、それから、また。
「ナマエ!」
今度は空耳だとは思えなかった。
自分の名前を呼ばれて、ふと感じたのは、安堵だった。
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