ナマエは食堂の扉を開けた。サッチがいないことを確認して、足を踏み入れる。
「水ー...あ、」
カウンター奥の冷蔵庫の前に立ち、ナマエはテーブル席の方を見て固まった。
「掃除、お疲れ」
テーブル席の隅で新聞を広げていたマルコは、ナマエの視線に気づいて顔を上げた。その前にはコーヒーカップが置いてあった。
「あ、いえ......」
目を泳がせながらナマエはペットボトルを取り出し、水を飲んだ。思わずマルコから目をそらしてしまったのは反射的だが、なんとなくいつも直視できないでいた。
盗み見るようにマルコに目をやると、彼はもう新聞に目を落としていた。そのままぼーっとしていると、マルコはガサガサと新聞をしまった。
「ナマエ、」
「っ、はい」
慌ててマルコから視線をはずそうとしたが、一足先に顔を上げたマルコが名前を呼んだ。
「こっち来て、座れ。ちょっと話さないか?」
ちらりと時計に目をやってから、ナマエはマルコの方へ歩き出した。椅子を引いてそこに座り、ペットボトルを机に置く。マルコと近からず遠からずなテーブルに着いたのは、なんとなく、だ。
それを見たマルコはふっと微笑んで、緊張気味なナマエに口を開いた。
「どうだい。此処の生活は」
ナマエは膝の上で手を握り締め、テーブルを見つめた。
「まぁ...その、はい」
口ごもるナマエにマルコは笑い、返事になってねえよい、と言った。
「えっ、と...。慣れてきた、と思います」
「楽しいか?」
「......はい。思ってたより、その、」
言いたそうで、言いにくそうな顔をするナマエ。マルコは黙ってその言葉を待った。ナマエは顔を上げ、マルコと目を合わせた。
「みんな、良い人で」
「......そうか」
ナマエはすぐにまた目を落とした。だが、その返事にマルコは満足げな笑顔を見せた。
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