前方に見える真っ赤な髪の男の子。私が探していた彼に違いない。少し歩く速度を速めて距離を詰める。
「一十木くん」
くるりと振り返って目が合うと、大きな目が私を捉えて。
「なまえさん!こんにちはー」
「こんにちは」
一十木音也くん。ST☆RISHというアイドルグループのメンバーで、シャイニング事務所で今一番ノッている人物のひとり。立ち止まるだけじゃなくて私の方に小走りで近づいてきてくれた。相変わらずの笑顔がキラキラしている。
「呼び止めちゃってごめんね」
「いえいえ!俺もなまえさんに会いたかったんですよ!」
「ありがと。女の子にそういうこと、サラッと言わないの」
「えー、本当のことなのに」
お久しぶりですね!と言う一十木くんに、そうだね、と返す。通行の邪魔にならないようにと廊下の端に寄ろうとすると、一十木くんが私の袖を掴んだ。
「帰るところですか?」
「あ、うん」
「じゃあ一緒に行きましょうよ。駅まで」
袖を掴んで引き止めるなんて、女の子みたい。そんなことを思いつつ、年下の彼の動作に心臓を高鳴らせる。頷いてみせると、一十木くんは嬉しそうに笑った。
私は彼の事務所の先輩に当たる。黒崎蘭丸と同期で、QUARTET NIGHTの四人とはよく仕事が一緒になる。その繋がりでST☆RISHとも知り合い、一十木くんに出会った。
人懐こい彼は、いち早く私と仲良くなっていって。
「いいなあー。俺もドラマとか出てみたいなあ」
「一十木くんは、どっちかというとバラエティ多いもんね」
「そうなんですよ!ああいうのも好きなんだけど、なまえさんとかトキヤとかのドラマ見てると羨ましくて」
「オーディション出てみたら?一十木くんなら絶対役もらえるよ。一回で受かる人なんてほとんどいないんだし、何度も挑戦すればきっと実るものだよ」
少し背の高い彼の横顔を見れば、綺麗な夕日がその顔を照らしていた。そうかなあ、とはにかむ一十木くん。まだまだあどけなさを残す表情だけれど、それこそが彼の素敵なところなわけで。
嶺二さんやカミュさんのような年上の人たちとの付き合いが長いせいか、あまり年下の男の子に惹かれることはなかった。でも何故か、私を姉のように慕ってくれる一十木くんに自然と目がいくようになって。今ではお互い多忙な日々の中で偶然に会えることが、こんなにも嬉しい。
「ねえ、なまえさん」
急に立ち止まった一十木くん。一歩先にいた私が振り向くと、綺麗な夕焼けを背にした彼がいて。まるでドラマのワンシーンのようなそれに、一瞬息をのんだ。
「なまえさんは、いつになったら俺のこと、名前で呼んでくれるんですか...?」
「え?」
「れいちゃんたちのことは、下の名前で呼んでますよね。でも、俺は苗字呼びだし...。あ、その、別に...なんていうか、その、」
語尾が弱くなっていくにつれ、徐々に下がっていく視線。拳を強く握った彼は、次の瞬間勢いよく顔を上げた。真っ直ぐ見開いたその目に映る、私。
「だからっ、その、俺、なまえさんともっと近づきたくて!だから、俺のことも下の名前で呼んで欲しいんです!」
決死の覚悟。その言葉が似合うほどの力強い口調で、顔を真っ赤にしながらそう言った。告白でもしたかのような彼の態度に、思わず顔が熱くなる。バクバクする胸。
「全然いいよ。音也くん」
私だって、ずっとそうしたかったんだよ。
そう言いかけて、口を噤んだ。
ぱあっと笑顔が輝いた。年下相手に此処まで心を揺さぶられるなんて、過去の自分は想像もつかなかっただろう。もう一回!とせがむ彼に背を向けて歩き出す。私の熱っぽい頬に、彼は気づいているのだろうか。
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