あの後、充電完了!とウインクした嶺二さんと別れて用事を済ませてから、一人で寮に戻ってきた。嶺二さんの抱き癖はいつものことだけど、何というか、さっきはさすがに緊張した。
朝ご飯を食べてなかったことを思い出し、途中のコンビニでパンをひとつ。ジャムの挟まったコッペパンにかぶりつきながら寮に入ると、早速談話室の方から賑やかな声がして。
「アイドルなんて、興味ありません」
聞き慣れない声だ。相変わらずST☆RISHは勢揃い。そして春歌ちゃんもいるらしい。通り過ぎようとした途端視界に入った一人の男の人の姿に、思わず足が止まった。
「カミュさん......?」
「雪蛍...!?」
長身で片手にステッキ。綺麗な長い髪をなびかせて振り向いた彼に小さくお辞儀をすると、カミュさんは目を見開いた。
「何故お前が此処にいる」
、やっぱりそう来るよね。
「社長から、春歌ちゃんのサポートを頼まれたので」
「...貴様、このような愚民どもの専属になる訳ではあるまいな」
「まさか」
専属だなんてとんでもない。カミュさんは私の返答に満足したようで、ふん、と鼻を鳴らした。食べ歩きとははしたないな。あ、これ朝ごはんなんです。もう昼だが?...じゃあ、朝兼昼ごはんで。
「アナタは、編曲家ユキホですね」
「、え」
カミュさんと私の間に突然現れた、見慣れない男の子。名前を呼んだ次の瞬間、彼は私の手を取ってその両手で包み込んだ。
「ワタシは愛島セシル。ハルカの歌を歌うため、アグナパレスから来ました」
「、はぁ」
「......」
「......」
えっと...。ファンタジックな自己紹介の後、セシルさんは私をじっと見つめて。何故かそらしてはいけない気がして見つめ返すけれど、そろそろ限界だ。彼の後ろではカミュさんがご立腹な顔で立っていた。カミュさんが口を開きかけたと同時に、セシルさんが眉をひそめた。
「ナゼ...?」
ゆらめくグリーンの瞳。
「アナタからは、ミューズの力を感じません」
...ミューズって何。私がそれを問う間もなく、セシルさんが、でも、と続けた。
「不思議な力を感じます。心の中に、暖かいものが流れ込んでくる。アナタの音楽の力。ユキホ、アナタは不思議なヒト...」
大きな手が私の頬に添えられる。だから、なんでこういう人が此処は多いの...!
「愛島!」
瞬間セシルさんが後ろから引っ張られて、うわあ、と声を上げた。彼の後ろ襟を掴んだのは紛れもなくカミュさんだった。
「カミュ!痛いです!離してください!」
「黙れ!まずは勝負に勝ってから文句を言うがいい!」
そのままズルズルとセシルさんはカミュさんに引きずられて外へ。その後ろをST☆RISHと春歌ちゃんが着いていって。その後ろ姿を見送って、私は自室へと戻った。
「...はずなのに何で」
「みんな一緒の方が楽しいじゃなーい?」
私は今、外にいた。隣でにこにこ笑うのは嶺二さん。部屋に戻る私を捕まえて無理やり此処へ連れてきた張本人だ。
「楽しいのはレイジだけでしょ」
アイアイだって雪蛍ちゃんもいた方が嬉しいくっせにぃ!ユキホ迷惑がってるよ。えっ、うそ!雪蛍ちゃん嫌だった?
目を大きくさせて私を覗き込む嶺二さんに、まあ......別にいいですけど、と返す。
「もー、みんな素直じゃないんだからっ」
「うるせえ静かにしろ」
「ランラン冷たいぃぃー」
いつもの如く暴走する嶺二さんをよそに、目の前で繰り広げられている巨大カルタ対決に目をやる。本当に、これ、アイドルと何の関係があるのかな。
「マスターコースでは恒例のイベントだからねん」
ほら、もうイベントと化してるじゃないか。
「、ってことは、皆さんもコレやったんですか?」
ふと浮かんだ疑問を口にすると、蘭丸さんは小さく舌打ちをした。確かQUARTET NIGHTの四人も此処にいたと聞いているから、つまり、これをやったってことか。
......シュールだ。
「やったやった!面白かったよねえ」
「実際やってたのはレイジだけだったけどね」
「やっぱり」
「雪蛍ちゃん、やっぱりってどういうことかな!?」
現在進行形で進んでいるカルタもそろそろ終わりらしい。セシルさんが木から落ちて浅い池に落ちていた。爆笑する嶺二さんに三人分の溜め息が同時に漏れた。
「見るのもなかなかいいね!」
「無駄な時間だった」
「まあ、データ収集としては良かったけど」
蘭丸さんと藍さんの返事に不満そうな嶺二さん。寮内を歩いていると、藍さんが私の名前を呼んだ。
「そういえば、彼らのソロのアレンジやるんだってね」
「、はい。情報早いですね」
「レイジが騒いでたから」
なるほど。なんとなく蘭丸さんの視線が痛い気がする。蘭丸さんは彼らのこと毛嫌いしてるみたいだったし、面白くないんだろう。
「いくつ仕事抱えてるの?確か二つ持ってたよね?」
藍さんのリサーチ力にはいつも感心させられる。どこから仕入れているのか疑問だが、後少しでひとつ減ることを伝えると藍さんは盛大な溜め息をついた。
「いくらキミがタフでもキャパオーバーするよ」
「シャイニーさんも酷だよねえ」
まあ頑張って。ボクが暇なときなら、手を貸してあげてもいいから。そう言い残した藍さんの後ろ姿に、アイアイツンデレーっと嶺二さんが呟いた。
「じゃあ私戻ります」
「メシ抜くなよ」
ぶっきらぼうに言って背を向けた蘭丸さんに、はい、と返す。残った嶺二さんが私に笑いかけた。
「ほらね。みんな雪蛍ちゃんのこと心配してるし、応援してるんだから」
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