「!、雪蛍ちゃんに春ちゃん!」

「待ーってマシタヨーウ!Ms.徳永、Ms.七海!」


社長室のドアを開ければ一番に目に入ったのは林檎さん。その向かいのソファに立って筆を持つのは社長。朝からアクティブすぎるでしょう。


「何やってるんですか」

「もうっ。シャイニーったら人使い荒いのよー」


朝一からパシリですか。お疲れ様です。これから仕事なのにい。社長の鬼畜さはいつものことじゃないですか。雪蛍ちゃんの冷静さ、大人過ぎるわ。

私の後に続いて入ってきた春歌ちゃんは、早速社長に絡まれていた。


「ST☆RISHの新曲を作ってもらいマース」

「あらっ。良かったわね!春ちゃん。頑張って」

「はいっ。頑張ります!」


聞いた人が幸せになれるような曲、か。春歌ちゃんたちの会話をバックに、暇な私は林檎さんが放置したハサミを手にとって作業の続きをしていた。本当、何に使うのコレ。


「それからあーっMs.徳永!YOUにはこのアレンジを任せマース」


振り返った先の社長の手には楽譜。手に取るとそれはなんと六曲分あった。


「それ、もしかして...!」

「その通りなーのヨー!Ms.七海っ!Ms.徳永には早速、ST☆RISHたちのソロのアレンジを頼むのデース」


あの六人の曲...。しかも一番上には、仕上げる順番まで指定した記述がある。


「これ、全部春歌ちゃんが?」


譜面から顔を上げると、彼女ははい、と小さく答えた。林檎さんが横から覗き込んできたので、楽譜を手渡してから社長と向き合った。


「一気にこんな...。今でさえ二つやってるんですよ?私を引きこもりにする気ですか」


ハッハッハー!なんて笑ってる場合じゃないんですけど、社長。青筋をうっすら立てると横で林檎さんが、作業期間中雪蛍ちゃんが引きこもりになるのはいつものことよ、と呟いたので、私は更に口角をヒクつかせることになった。


「弱気はダメダメダメよー!今こそYOUの底力を見せる時っ!断ればお前の負けだが?」


サングラスの奥から私を見つめる社長。負け、とか言うのはズルい。


「っ、やりますよ」

「その意気だ。じゃーんじゃんYOUの力注いじゃってくだサーイ!」


──また社長の思い通りに事を運ばれた。

負けもなにもないのに、そう言われるとなんだか悔しくなるのが人間の性だ。...少なくとも、私はそうだ。

はあ、と小さく溜め息。ではではバイバイ期待してマスよお二人さん!なんて社長のハツラツボイスと林檎さんの笑顔に見送られ、私と春歌ちゃんは社長室を出た。


「ごめんね」

「、何が?」


俯く春歌ちゃん。私が歩みを止めると、彼女も同じ様にした。


「雪蛍ちゃん忙しいのに......六曲も」

「別に春歌ちゃんが謝ることじゃないでしょ」


社長が決めたことだし。そう返せば、春歌ちゃんは首を振った。


「あれ、私が勝手に皆さんに贈った歌なの。昨日の朝に。だから、余計なお仕事を増やしちゃったかなって...」

「そんなことない」


預かった手元の楽譜に目を落とす。


「これは春歌ちゃんにとって大切な曲でしょ。ST☆RISHだって、これからソロ活動どうせしていくんだろうし。どっちにしろ、近い将来こうなってた」

「雪蛍ちゃん」

「請け負った仕事は、ちゃんと責任もってこなすから。春歌ちゃんの大事な曲の魅力を最大限引き出してみせる」


春歌ちゃんが笑顔でお礼を言った。今まで関わってきた作曲家さんたちはもっと大人だったから、何だかこんなやり取りが新鮮に感じた。


「じゃあ、先に帰ってて」


これからサンプルを届けに行くから、と言えば、春歌ちゃんは頷いて事務所を後にした。

制作担当者がいる部署へと向かう。春歌ちゃんが書いた楽譜をひとつひとつ見ながら、ST☆RISHの顔を思い浮かべた。まずは歌詞も作ってもらわないと...。


「っ、すいません」
「っとー、ごめんなさい...って、雪蛍ちゃん!」

「、嶺二さん!」


曲がり角でぶつかりかけた相手は嶺二さんだった。すみません、よそ見してて。いいのいいの、ぼくこそ悪かったしー。


「っ、嶺二さん」


急に距離が詰まったと思ったら、嶺二さんが私を抱き締めていて。壁と嶺二さんに挟まれ、肩口には嶺二さんの頭が埋まっていた。

こんなところで一端のアイドルが何やってるんですか。嶺二さんの服の裾を掴むと、耳元で小さく呟いた。


「ちょーっとお兄さんに充電させて」


再びぎゅっと私にもたれる嶺二さん。やってることが危なすぎる。自分の立場を分かってない。此処事務所だし。

幸いあまり人は通らない所だけれど、見られたらマズいので、私はとりあえず頭を嶺二さんの肩に預けた。


「雪蛍ちゃん、それって誰の楽譜?」

「あ...っと、ST☆RISHに春歌ちゃんが作ったソロ曲です」

「アレンジやるの?」

「社長に言われました」


そっか、と言って、嶺二さんは身体を離した。見上げると、近くに彼の顔があって。


「無理しちゃ駄目だよ」

「大丈夫です」

「なんかあったらいつでも頼って。いくらでもれいちゃんチャージしてあげるから」

「、時と場所を考えてくださいね」


メンゴメンゴ!とおどける嶺二さん。でも、と言って、優しく笑う。


「本当に何でも言って。同じ寮に住んでるんだしね」


私の頭に手を置いた嶺二さんは、いつもよりずっと大人に見えた。


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