点滅する携帯。メールの送り主は社長で、ただ一言、明日Ms.七海と社長室に来なさいとだけ記してあった。


「仕事、か」


今請け負っているものは二つ。新しいCMの音楽と、番組のBGMだ。後者の仕上げは大詰め。パソコンとにらめっこしてから既に五時間経過していた。


「きゅーけいっ...」


一度ハマりだすとノンストップでやっちゃうのがいつもの癖。おかげで目がしょぼしょぼしている。

外は日が落ち、真っ暗になっていた。開けっ放しになっていたカーテンを引く。引っ越し初日とは言っても、整理するほど物がないから段ボールのまま放置してあって。

──ちょっと散歩しよう。

この敷地は馬鹿みたいに広いから、気分転換には良さそうだ。パーカーを羽織って部屋を出る。春歌ちゃんは今友達が部屋に来ているらしいけれど、防音だから全然物音が聞こえなかった。

休憩とは言っても頭の中では製作中の音が流れている。やっぱりさっきのフレーズ、ベース音強くした方がいいかもな。帰ったら試してみよう。


「二段ベッドなんて初めてだぜ」

「まさか先輩たちと同室だとは...」

「えー、みんな嬉しくないの?」


談話室に差し掛かる。聞こえてきた声に私は足を止めた。姿は見えてないけれど、恐らくそこにはST☆RISH全員が揃っているんだろう。そして嶺二さんも蘭丸さんも藍さんもいない。

この状況は私にとって不運としか言い様がない。彼らと鉢合わせて話すことにでもなれば、上手くやれる自信はゼロだから。

別のルートを回って行こうか。......だめだ。此処広すぎて、まだよく分かんない。迷子になったりすれば余計面倒くさいことになるし...ああ、しょうがない、か。


小さく溜め息をついて歩き出すと、すぐに六人勢揃いでくつろいでいるのが目に入って。そのまま通り過ぎようとすると、来栖さんが私に気付いて、あっ、と声を漏らした。

知らないフリ。感じが悪いと思われても、私は本当に初対面はダメだから。


「徳永さん」


もう、何で無視してくれないの...。

呼び止めたのは一ノ瀬さんだった。背中に六人分の視線が突き刺さっている。渋々そちらを向くと、一ノ瀬さんはソファから立ち上がっていた。


「引き留めてしまってすみません。一つあなたに確かめたいことがありまして」

「トキヤ?」


一呼吸置いて、一ノ瀬さんが口を開いた。


「徳永雪蛍......製作関係者、しかも上の人間にしかその姿を知られていない編曲家、とはあなたのことですね?」

「、よくご存知ですね」

「あなたの名前は有名ですから...。それと、私の記憶違いでなければ先輩方のあの曲のアレンジもあなたではないですか?」


本当、よく知ってる。編曲家なんて常に作曲家の影に隠れていて、その職種さえもしられていないことが多い。さすが芸能界が長いだけある。

私が肯定すると、周りの五人はそれぞれ驚きを示した。


「そうなの!?あの曲、すっごく格好良かったよね!」

「僕も好きです、あの曲。雪蛍ちゃんすごいですね!」


四ノ宮さんが寄ってきて、目の前に立った。見上げる私にぱっと笑顔を見せて。


「雪蛍ちゃんとーっても可愛いです!」


ST☆RISHってなんでこう、スキンシップ激しいんだろう...。神宮寺さんといい、四ノ宮さんといい。ぎゅーしたくなります!と言って...というか、言いながら、既に私を抱き締めている四ノ宮さん。思わずフリーズする。これ今日二回目だ。


「那月!だから、誰彼かまわず抱きつくなっつってんだろーがあ!」

「あっ、ごめんなさい!つい、雪蛍ちゃんが可愛かったので」


来栖さんが私から彼を引き剥がす。四ノ宮さんの笑顔はふわふわしていて、纏う空気が春歌ちゃんに近かった。


「大丈夫かい、レディ?」


いつの間にか隣に来ていた神宮寺さん。私を覗き込む青い瞳は普通じゃない近さにあって。この人は距離感というものを知らないのか。目をそらしながら、別に、と返す。それは何よりだ、と微笑む神宮寺さん。

...やっぱりこの人、苦手だ。


「でもさ、お前俺たちと年変わんねーんだろ?」


来栖さんが帽子を被り直しながら私を見る。


「俺や一ノ瀬と同い年だったな」

「じゃあ俺よりひとつ下だね」

「それなのにもうこんな活躍してるなんて、すげーよな。やっぱ才能ってあんだな」

「ふざけないで」


私の発した声に、沈黙する六人。ふつふつと込み上げる感情に、思わず目つきが悪くなる。


「音楽に年齢なんて関係ない。私の仕事は才能だけで出来るほど甘くない。適当なこと言わないで」


自分でも驚くほど冷たい声だった。言葉に詰まる彼らを置いて、私は背を向け玄関へ向かった。


年齢が何?才能?ふざけるな。

私が此処に来たのは、やっぱり無駄でしかない。

最悪の幕開けだ。


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